自律協生スタジオ

「Convivial Design Forum 2023 Fall Session –本領発揮のためのデザイン–」イベントレポート

2023年11月10日、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所と日本総合研究所は、「本領発揮のためのデザイン」と題し共同研究成果報告会イベントを開催した。

イベントでは、日本総合研究所代表取締役社長の谷崎勝教氏が挨拶を行い、その後、同研究所の井上岳一氏によって自律協生社会の実現というテーマについての紹介がされた。
成果報告では、武蔵野美術大学と日本総合研究所からそれぞれ岩嵜博論教授と今泉翔一朗氏、長谷川敦士教授と若目田光生氏、若杉浩一教授と井上岳一氏が登壇し以下のプロジェクトの取り組みについてそれぞれ共同研究報告を行った。

・次世代起点デザインのモデル化プロジェクト
・プライバシーのトランジションデザイン
・自律協生の地域づくりとローカルコレクティブ

Convivial Design Studioと自律協生社会の実現について

初めに日本総合研究所創発戦略センター エクスパートの井上岳一氏が登壇し、設立一周年となる武蔵野美術大学と日本総合研究所の共同研究機関であるConvivial Design Studioとテーマである「自律協生社会の実現」について説明した。まず自律協生社会の実現を考える背景について、急速な人口減少や「引きこもり」と呼ばれる人々の増加といった社会課題とともに、縮退する社会における主体的な自己表現の重要性について解説する。特に官と民、専門家と市民、提供する側とされる側など現代社会において主体と客体が分断されている現代の構造を打破し、デザインとアートの力を活用して多様な属性や異なる産業をつなげていきたい。結果として人々に居場所と出番が与えられた本領発揮できる社会を築くことを目指すと話した。

次世代起点デザインのモデル化プロジェクト

次に、次世代起点デザインのモデル化プロジェクトにおいて、武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科の岩嵜博論教授と日本総合研究所創発戦略センター スペシャリストの今泉翔一朗氏が登壇した。研究報告では、次世代起点デザインの議論の背景や手法について紹介し、滋賀県長浜市の南長浜地域で行われるまちづくりプロジェクトをリサーチのフィールドとして活用した次世代起点デザインの実践を説明した。

岩嵜教授はプロジェクトの背景として、デザインの世界で議論される「人間中心デザイン」と「ポスト工業化の時代のデザインのあり方」を紹介。デザインリサーチが焦点を当てる「人間中心デザイン(Human Centerd Design)」はインダストリアルデザインから現在サービスデザインまで活用されているが、岩嵜教授は昨今のサステナビリティの時代において、現在の人だけを中心に考えていてはサステナブルな未来には辿り着けないのではないかという問いを立てることができると話した。そのためこのプロジェクトでは、これまでの人間中心デザインを未来中心デザインへとアップデートすることが重要な問いであり、意義を持つと述べた。

また、滋賀県長浜市南長浜地域での具体的な取り組みについて、方法論を模索するにあたって活用した三つの概念「ペルソナ」「包括的富」「過去の輪、未来の輪」と共に紹介した。ここでは日本総合研究所今泉氏が登壇し、特に南長浜地域のまちづくりにおける「包括的富」という概念の有用性を解説した。包括的富とは2012年に国連大学と国連の環境計画が提唱した概念で、様々な資本(自然資本、人工資本、人的資本)によって経済活動が行われ、我々は幸福を得ているという考え方である。南長浜地域のまちづくりでは、上記三つの資本に加えて信頼関係や人のつながりを意味する「社会関係資本」を取り入れ、10代から70代まで幅広い方々へのインタビューを通じて長浜市の幸福感を生み出す資本は何かを抽出した取り組みを行った。

岩嵜教授は研究成果について、このプロジェクトが発見した資本をどのように次世代へ繋げ、どのように資本を残しながら新しい産業や経済を作れるか議論できるのかなと思っていると述べた。また、今後の展開として来年度も南長浜地域のまちづくりに関与しながら具体的なまちづくりコンセプトを策定し、本来のテーマである次世代起点のデザインのモデル化も行いたいと話した。

プライバシーのトランジションデザイン

続いて、プライバシーのトランジションデザインについて、武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科の長谷川敦教授と日本総合研究所創発戦略センター シニアスペシャリストの若目田氏から発表があった。研究報告ではまず若目田氏がプライバシーに関する問題提起を事例と共に行い、その後に長谷川教授が問題提起をどのように解決しているのかについて、取り組んだワークショップの活動を紹介した。

若目田氏は、現代における技術革新が進み、個人情報乱用の危機感が世界的に高まっていると話す。あらゆるテクノロジーが進歩し、それらがネットワーク化されることにより個人の動向やデータが簡単に扱えるようになった一方で、プライバシーに関する対策は一問一答式に示すことができず、個人によって受け取り方に差が生まれる「厄介な問題」になっている。将来、テクノロジーが進歩するほどプライバシーの侵害リスクも高まり、それに伴って企業のリスク管理と消費者の認知理解がますます重要になると考えられる。そのため、若目田氏はプライバシーはトランジションデザインが求められる領域であり、その活用に期待していると述べた。

長谷川教授は、なぜプライバシーのデザインを共同研究として扱うのかについて、単に厄介な問題を解決する方法を探索するのではなく、本領発揮のデザインにもある通り参加者が自分ごととして問題を捉え新しい未来のビジョンを考えることが重要であると述べました。さらに、武蔵野美術大学が持つデザインやアートの手法を通じて異なる視点や新しいあるべき姿を考えることで議論を広げ、本質的な問いを炙り出していくことが重要であると強調した。また研究として行ったワークショップについて、厄介な問題を解くべき現代において参加者がどのように主体性を獲得するかが重要であると述べ、ワークショップを通じて参加者に主体性を獲得してもらい、非デザイナーの参加者がどのようにクリエイティブな思考を行えるか、また作品制作を通じて議論を広げることができるのではないかということに挑戦したと述べた。ワークショップは8月に4回行われ、その後1ヶ月の制作期間を経て発表を行った。最終的に、プライバシーという問題に対しプライバシーがどうであるかではなく、プライバシーを支えてきた価値観が過去から現在、そして未来においてどのように変化していくか考えることで、逆にプライバシーの議論に新しい視点を獲得することができた。成果として参加者が自らリサーチしプランニングを行うことで問題に対してのオーナーシップを獲得し、トランジションという繊維を扱うことで人々がクリエイティブを担い新しい洞察を得られて発想が豊かになっていく。また、専門家にも触発できるモノとしてのアート作品の可能性が見えたことで、プライバシーだけでなくあらゆる問題においても当事者が考えていく一つの方法論として今後も展開できるのではないかと思うと述べた。

自律協生の地域づくりとローカルコレクティブ

イベント後半では、武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科の若杉浩一教授と日本総合研究所の井上岳一氏が登壇した。研究報告では北海道森町と熊本県天草市をフィールドに、地域市民との交流を通じた自律協生のビジョン実現の取り組みとその実態を紹介した後、地域市民による主体的な未来づくりの可能性について発表した。
まず、日本総合研究所井上氏によって地域社会と関係性作りをしていく中で起こる事柄とそれに伴う発見について紹介された。井上氏は重要だと思うこととして自律協生スタジオのステートメントの一部でもある「課題より可能性に目を向け」ということを指摘し、地域の良いところ、人の良いところに目を向け続けていると話す。とにかく話を聞き、市民の人の話に感銘を受け、そうして発見される営みの美しさを讃え、市民もまたその土地の豊かさを再発見する。そうした取り組みの中で様々な人を繋げ背中を押していくために、面倒を引き受け、段取りをするといった企てを欠かさず行うことで市民の中で主体性が生まれ、協生が生まれていく。今後はローカルコレクティブ、すなわち都市の企業を地域に連れてきて参画を促し、地域だけでの活動の限界を超える関係性を作りたいという意向を示し、そのために様々な文化的活動を行うことができる拠点を作っていきたいと考えていると述べた。

次に若杉教授が研究成果となった「タンジブルモデリング」とその制作の背景について説明した。現代の縮退する社会においては、市民に一人一役の活動ではなく多様な役割が求められているとし、自らの仕事だけでなく領域を越境した活動を通じてどのように文化的な持続性を担っていくかということが重要であると話す。役割を越境した活動によって人々は新たなポジションを発見、それぞれが新たな役割や主体性を見出し未来をデザインすることが可能になる。このように市民が自らデザインを考える実践者となる未来があるのではないか、誰もが手触り感を持って未来づくりに参加することができるのではないかと考え、新しい未来づくりの手法として「タンジブルモデリング」を提案した。モデリングという立体空間の中で参加者がその場所での営みを想像し作り始める、平面や言葉で考えてきたものから手触り感のある未来づくりを実践することで共に未来を描いていくという形があるのではないかということを伝えたいと言う。最後に他人事の社会と合理性、お金や経済発展という絶対性の中で見失った日常の美しさ、夢や希望や豊かさなど関与できる実態をデザインとして作らなければならない、そして美しい未来は自らの手の中にあるのだと言い続けたいと話した。

質疑応答の時間では以下の二つの質問に対する回答が行われた。やりとりの概略は以下のとおり。

質問1:共同研究は3年間を区切りにしているそうですが、3年後も継続するためにクリアすべきこととその展望があればお聞かせください。
回答:企業としては、自律協生スタジオにマネタイズの兆しが見えた時に継続する決断をすると考えられます。自律協生スタジオでは、半年に一度必ず活動報告会を行い、半年間で得られた成果を発表すると同時に、仲間を増やしています。これにより、課題感を持っている人や企業を仲間に加え、共に活動できる仕組み作りができると日々活動している意義が感じられると思います。(日本総合研究所 井上氏)
質問2:地域で活動する上では、地域の方が主人公となって強いパッションを発揮していく必要があると思いますが、住民との意見交換や目線を合わせるために人たらしでいるコツはありますか?
回答:理屈や理想論だけではなく、懇親会を通じて個人間の信頼関係構築が重要です。また、地域では俯瞰的な目線での専門的な言葉を使っては、相手に理解されず失敗してしまうことがあります。そのため自分の弱点や不完全さを晒すことが大切であり、他者とのコミュニケーションにおいて、発言の安全性を高める空気作りが大切です。(武蔵野美術大学 若杉教授、日本総合研究所 井上氏)

イベント最後は、武蔵野美術大学の井口博美教授が閉会の挨拶を行った。
井口教授は、本日の共同研究発表会にご参加いただいた皆様に、本領発揮のためのデザインを自分ごととして持ち帰って欲しいと述べ、本日の発表では表現できなかった部分について、実際に展示を見ることで確認して欲しいと話した。また、本領発揮しやすいTPOを作るために、日常の中に非日常を持ち込み、自分が本領発揮するきっかけを掴もうという意識を持って人とつながることで、自律協生スタジオのコンセプトである懇親の大切さを再確認して欲しいとした。最後に今後の展開について、日本総合研究所がシンクタンクの枠を超えて、Doタンクさらにはデザインタンクになることを期待し、一方で武蔵野美術大学は夢ある社会と将来に向けてアートやデザインをフル活用してチャンスメーカーになろうという意欲を語った。

報告会終了後の懇親会では、シンポジウムで話されたテーマについて参加者と登壇者がより近い距離で議論を深めることができた。参加者も多様な地域・背景や課題を抱えており、懇親会でのやりとりや出会いも、大変刺激的な場になった。


test:林亜琉斗