自律協生スタジオ

「Convivial Design Forum -2023 Spring Session-」イベントレポート

2023年5月19日、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所と株式会社日本総合研究所の共同研究拠点である「自律協生スタジオ」は「Convivial Design Forum -2023 Spring Session-」を武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスにて開催した。

武蔵野美術大学ソーシャルクリエティブ研究所(以下、RCSC)のと株式会社日本総合研究所(以下、日本総研)は昨年11月に共同研究拠点「自律協生スタジオ」(通称および以下、コンヴィヴィ)を開設。自律協生社会の実現に向け研究を行っている。立ち上げから約半年、今回のフォーラムが外部へ向けた初の活動報告会となる。

本プログラムは三部で構成され、最初に武蔵野美術大学大学企画グループ研究支援チーム リーダー河野通義によりRCSCの取り組みと日本総研の共創の経緯が説明された。

続いて、日本総研の井上岳一と武蔵野美術大学(以下、ムサビ)の教授でありRCSC所長の若杉浩一による活動報告が行われた。活動報告を受けて、日本経済新聞社若山友佳氏をモデレーターに交えたディスカッションと質疑応答を行った。

 

美大は誤解されている 河野通義

まず、ムサビの 河野より、ムサビの現在の取り組みと日本総研との共同研究拠点設立に至った経緯について説明された。

ムサビは2029年に創立100周年を迎える。これまでに約7万7000人以上の卒業生を輩出、国内最大規模の造形教育の大学である。

建学の精神として「真に人間的自由に達するような美術教育」「教養を有する美術家養成」を掲げてきたムサビだが、前学長の長澤忠徳が「美大は誤解されている」と語っていたことを紹介した。

その誤解は美術大学と聞くと多くの人は「絵や彫刻を美しく作る方法」「モノや形を美しく作る方法」を教えている大学と思われていることである。しかしそれはムサビが掲げる本来の人材育成の内容とは大きく乖離している。

アートを通して課題 を“発見”するため に必要な観察力、批判力、構想力を身につけ、デザインのプロセスを通じて課題を “解決” に必要な探求力、伝達力、解決力を身につける。このようにして本質的課題を発見、解決するための「創造的思考力」を身につけることが美術大学の教育であると話す。

この誤解を解くため2019年に開設されたのが市ヶ谷キャンパスである。ムサビは市ヶ谷キャンパスにおける取り組みを「Institute of Innovation」と称し、「教育」、「研究」、「 コミュニケーション」の3機能を軸に展開している。特に、美大教育の考えを外部に伝える場としてコミュニケーションの役割は重要であり、大学を超えた新たな社会接続拠点として市ヶ谷キャンパスを整備していきたいと説明した。

RCSCと日本総研との共同研究活動もこうしたコミュニケーション創出の一端を担っている。

現在、コンヴィヴィでは活動・研究のフィールドの多くを、いわゆる「地方」と呼ばれる地域に設定している。しかし決して地域創生をやっているわけではないことを強調した。

ムサビには長年の美術教育で培った研究力、創造力、教育力がある。そこに日本総研が持つリサーチやコンサルティングの力を合わせることで、より強い教育・研究活動を展開していきたい。一連の取り組みの目的は、美大教育を通して身に付く「創造的思考力」をもって美大の誤解を解くための手段であると語った。

 

自律協生のデザイン 井上岳一

持続可能な地域社会のデザインを専門に研究・実践している日本総研の井上岳一エクスパートがフィールドワークの対象としている3つの地域の事例を交えながら現在の活動を紹介した。

まず日本総研がムサビと共同研究する動機が語られた。日本総研は左脳的で、ロジカルな思考や知識をインプットすることは得意だが、創造性など右脳的な部分はどうしても弱い。また、正しいことを正しいままに、ロジカルに伝えれば伝わると思っているが、本当に世の中を動かすには、表現の力が必要になる。この二点からもっと右脳的な集団と組まないといけないと思っていた時に、ムサビから声がかかったので、渡りに船だと思ったという。実際に半年一緒に活動して、日本総研はまず課題に目を向けるが、ムサビは課題よりも可能性に目を向けるという姿勢の違いにも気づいたという。そういう世の中に向かう構えをムサビに学びたいし、ムサビの幅広い分野の卒業生と組むことで様々な取り組みができることにも期待していると述べた。

続いて共同研究のテーマである自律協生のコンセプトが説明された。今、社会からは主体性が全般的に失われていて、地域でも企業でも、皆が依存体質になってきている。だからこそ、主体的に動く個人の「自律」が必要になっているが、そのためには様々なレベルでの力合わせ(協生)が必要になる。人と人もそうだが、人とテクノロジーや産官民の協生も必要になる。この際に重要になるのが、デザインや表現である。人間の側に立つことで縦割りに横串を通す人間中心のデザインや、個の自律を後押しし、人と人とをつなげる表現が今後はますます重要になる。

自律協生社会の実現に向けてやるべきことは、①「自律協生の地域づくり」と②「コンヴィヴィアルな場づくり」の大きく二つ。人口減少の中で行政や企業に頼ることはできなくなるから、自分たちの地域はみんなで力を合わせて、自治で守っていく必要がある。それが「自律協生の地域づくり」。ただ、「自治するしかない」と辛気くさくやっていても疲弊するだけなので、和気藹々とした雰囲気の中で、個人が楽しみながら自己を表現できる自由で寛容な場に自治の場をしていく必要がある。それが「コンヴィヴィアルな場づくり」。社会の至るところにコンヴィヴィアルな場が埋め込まれていけば、結果として多様な個人に居場所と出番があり、誰もが本領を発揮できる「自律協生社会」が実現する、と説明した。

次に、半年間続けてきた地域でのフィールドワークについて紹介した。現在は主に北海道森町、和歌山県田辺市、熊本県天草市で活動をしている。それぞれの地域に共通する課題としては、地域では業界や世代を超えての繋がりが弱く、産官民が平場で学び合う場がない。せっかく豊かで魅力的なヒト・モノ・コトがあっても、それに光を当てる人がいないので、魅力に気づく場や機会がない。結果、地域の可能性に気づかず、多くの人が地域に対する自信や誇りを失ってしまっている現実がある。一方で、地域には人の数だけ物語があり、そのどれもが学びに満ちている。ヒト・モノ・コトを繋げることで新しい動きが生まれ、外部の人に褒めてもらうことで地域は自信を持つようになる。これらは地域に入ることで見えてきた可能性だという。

地域のヒト・モノ・コトを繋げる事例として、ノサリバの説明があった。ノサリバとは、天草市とコンヴィヴィが毎月開催している市民向けの学びの場である。フィールドワークを通して得られた地域の魅力や課題に見合ったゲストを招きセミナーを開催。その前後では老若男女誰もが参加できる交流の場として宴が開かれる。ゲストも天草のフィールドワークに連れだし、事業者など地域の人とも話してもらう。このような工夫で、単なる講演会ではなく、ゲストも地域の人も、お互いに学び合う、業種や世代を超えた学び合いの場となっている。

元は有識者セミナーという名前でチラシも一般的な役所のデザインだったが、天草地方の方言「のさり」(=天から授かった恵み)にちなみ、「のさりの場」を意味するの「ノサリバ」に改名し、チラシのデザインには天草出身で熊本で活動するデザイナーを起用した。デコポンやエビなど毎回異なる天草の特産物が魅力的に表現され、天草ならではのデザインとして好評を博しているが、当初、デザイナーが出してきた案はこのようなものでなかった。小綺麗なだけで何らメッセージ性のないその案を見て、若杉教授は、一回一回のデザインが天草の人へのメッセージであり、天草の人たちの楽しみであり、デザイナー自身の作品になるようなものにすること、地域を翻訳することにこそデザインの役割であるのだということを説いて、デザイナーを奮い立たせたのである。この話を受け、井上は、天草の産品をモチーフにしたチラシをつくり続けることが、天草の人の自信や誇りの回復につながっていると語った。

このチラシの話は、民藝運動がやろうとしていたことにも通じると井上は続けた。民藝運動は柳宗悦らによって始まったもので、暮らしに根ざした道具、それまでは下手物(げてもの)と蔑まれ、美的鑑賞の対象となることのなかった日用品を民衆の藝術=民藝と名付け、そこに新たな美の価値を見出そうとした運動である。天草の産品をモチーフにしたチラシは、民藝運動と同じく、天草の暮らしを天草の人自身が再評価することにもつながるものとなろう。柳らは、民藝運動を盛り立てるために、日本民藝館を開設し、協会をつくり、雑誌を発刊すると共に、民藝品を商品として流通させるための仕組みをつくった。象徴となる民藝品を収蔵・展示し、人が集まる場とメディアをつくり、商品としても流通させるというのが民藝運動の戦略だったが、これは地域を盛り立てるための戦略としてそのまま応用できる。民藝館に相当するのは、地域の歴史や魅力に光を当て、未来に残すための「コミュニティアーカイブ」、協会と雑誌に相当するのは、世代や業界を超えて人が交わり、知見を共有できるようにするための「場・メディア」、そして、商品・流通に相当するのは、「商品・体験観光」。これら3つの機能を持つことで、民藝と同じく、地域の日常が価値あるものとして評価されるようになる。それは自律協生の地域づくりの方法にもなるはずだと井上は話した。

フィールドワークを繰り返す中で、日常から離れた旅の経験がもたらす効用にも考えを巡らすようになったという。恐らく民藝品の発掘・収集のために各地を訪ねた柳達の旅も同様のものだったはずだ。文化人類学者のヴィクター・ターナーは、非日常の中で体験する共同性をコミュニタスと呼んだ。コミュニタスは、通過儀礼や巡礼の旅の中で体験されるものだが、仲間意識や共通の精神性の形成に役立つと共に、日常(コミュニティの世界)をアップデートし、賦活する学びに満ちた体験になる。このようなコミュニタスを体験できる旅、例えば田辺市は熊野古道の入り口だが、熊野古道を企業の経営陣みんなで歩きながらコミュニタスを体験するような研修のスタイルには一定のニーズがあるのではないかとの考えが示された。

今後の展望としては、ノサリバのようなインプットの場だけでなく、アウトプットする場や機会をつくっていくこと、具体的には地元の人を巻き込んで、メディアやコミュニティアーカイブをつくる活動を始めることを考えているという。「まちの編集室」や「まちのスタジオ」が町に埋め込まれ、そこに思いやスキルを持った内外の人が集まり、活動を行うイメージだ。内外の人からなるその集団をローカルコレクティブと日本総研とムサビでは呼んでいる。

つくるメディアの参考イメージとして、かつてムサビで教鞭をとっていた民俗学者の宮本常一が制作した雑誌「あるく みる きく」が紹介された。「あるく みる きく」は近畿日本ツーリストの子会社観光文化研究所の発行で、民俗学者や学生に旅費を渡して旅をさせ、その旅のレポートとして制作されたメディアである。このメディアには2つの目的があった。1つは学生たちに旅をさせることを通じた「旅人の育成」、もう1つが「地域の自信回復」である。通常は見過ごしてしまう日常の美しさを見つけられる目や耳を持つ旅人を育成し、そういう旅人が増えれば、旅人の評価を通して地域が自信回復することができる。宮本常一のその戦略は、今、コンヴィヴィが目指していることとぴったりと重なる。宮本常一がムサビでやっていたことは、ムサビとの共同研究を始めてから知ったというが、そこに運命的なものを感じたと井上はいう。

最後に井上は自律協生のデザインの構造について説明した。自律協生のデザインは「自律のデザイン」と「協生のデザイン」の2つのレイヤーに分けられるが、大前提として自律が重要である。そして、自律を促すには、個への関与(見る、聞く、対話する、背中を押す、など)と場のデザイン(楽しさ、遊び心、記憶の共有、主客の融解、など)が鍵となる。主体性を発露させるのが自律のデザインだ。

一方、協生のデザインについては、他者との協生、官民の協生、技術との協生の3つが鍵となる。今後は、それぞれの領域を得意とするムサビの教授と協力することで、自律協生社会の実現に向けて活動を進めていく、と展望を語って話を終えた。

※ 市ヶ谷で毎月開催している企業をメンバーとする研究会「Convivi Lab」への参加(参加費無償)、地域でのプロジェクトに対する資金提供や機材提供、スキルの提供、自律協生や地域に関する調査や研究の依頼、「旅するコミュニタス研修」のプロトタイピング開発に関心のある企業・団体は、以下の連絡先までご一報下さい。

Mail: rcsc_info@musabi.ac.jp

 

対話と表現が主体性を育む 若杉浩一

プロダクト、インテリア、建築など、幅広いデザインを行いながら、ムサビではソーシャルデザインやコミュニティデザインを専門とする若杉浩一が、個人や地域の主体性を発露させる新しいデザインの在り方について話した。

最初に若杉は「経済的持続性」と「文化的持続性」の2つを説明した。経済的持続性とは、お金やモノなど今の社会が追及してきた目に見える価値であり、それに対して文化的持続性とは、繋がりや、地域の営み、経験といった目に見えないが故に社会が捨ててしまった共同体を構成する価値である。若杉は自身のデザイナーという仕事では経済的持続性にしか関わることはない、文化的持続性は関わっても儲からない、と言いながら、いくら儲けても幸せにはなれないし、経済主導型の社会は人口減と経済の収束をもたらしてしまった。と語った。

地域での活動が目立つ若杉だが、自身は地域創生のデザイナーではないことを強調した。経済と文化(都市と地域)どちらも人間には必要なものであり、この対極にあるものの間にあるグラデーションこそが多様性なのではないかと言う。若杉は21年前に日本全国スギダラケ倶楽部を発足し、資金0、会費0と利益度外視で地域の市民や産業を企業や行政、デザインと繋げる活動をしてきた。現在会員は2400人に上り、若杉はスギダラケ倶楽部を「血の繋がっていない親戚の集まり」と呼び、新しい共同体のデザインだったと振り返る。こうした行政や企業ではない「新しい共同体(市民)」が関わることで、官民が連携した新しい仕組みが生まれると説明した。

官民連携の事例として、社会インフラ(主にエネルギー)ドイツのシュタットベルケ、大牟田市未来共創センター(ポニポニ)を挙げた。特に大牟田市の例では、医療・福祉・教育において、支援の必要な市民に支援を届ける従来の「受動的」なアプローチではなく、支援したい人を受け入れる「能動的」関与の方法をとっている。若杉はこのような能動的関与をベースとしたデザインを「愛の押し売り」と呼ぶ。現在の森町、田辺市、天草市での活動も、未来を創造するための主体的活動「愛の押し売り」のプロジェクトであるという。

こうした市民が中心となってデザインを行うことについて、若杉は上平祟仁氏の著書「コ・デザイン」を引用して説明した。上平氏によれば、これまでのデザインの立ち位置はユーザー中心デザインであったが、当事者と共にデザインするコ・デザイン、さらには、一般市民が主体的に考え、デザインする時代が来ると言う。現代はまさにその転換期であり、事例が少なく、体系化されていない領域と言える。若杉は、市民が主体的に活動しデザインすることが、新しい共同体を生み出す原動力ではないかと語った。

一方、ヒアリング調査によって解ったのは、行政や企業には、優秀な人材が多くいるものの、優秀な人材ほど、主体性や自己表現を放棄してしまっている状態があると言う。組織では上司やクライアント、市民のクレーム、売上やノルマの存在が大きな力を持ち、優秀な人材ほど市民やユーザーではなく組織上の安寧を選択してしまう傾向が見られる。結果として、自己表現できる場を失い、主体性の喪失に繋がると若杉は分析する。自律・主体性の基盤には心理的安心・安全の場が必要であり、他者との対話や表現を繰り返す中で主体性が芽生え、創造性が生まれるのだと若杉は説明した。

若杉は持続可能な社会について、多くの地域では経済で地域を支えようとするが、経済だけでは地域は持続しないと語る。経済的持続性(ビジネスライン)、文化的持続性(カルチャーライン)の両立が重要で、その二つを結ぶポイントに自律、協生の新しい社会に向けた、学びがあるのではないか、そして、その学びにあるプロジェクトや交流の場のデザインが、都市と、地域の人材や経済の循環を促し、都市と地域が共に持続していく社会の創造が生まれるのではないか?だからこそ、物産や観光などの消費物のブランディングではなく、地域の美意識や空気、誇りといった揺るぎない価値「プレイス・ブランディング」をデザインし直していかなければならないと若杉は語った。

最後に若杉は、自律する人々の育成(表現する人の育成)と、協生する場を創る(文化的持続性を育む場づくり)ことが日本中に必要であり、今後そういった場をJRIと共創していくことを述べて、「一緒にやりませんか」と来場者に投げかけた。

 

ディスカッション

三者からの発表後、日本経済新聞社で記者 をしている若山友佳氏をモデレーターに迎えて、発表した三者とのディスカッションに移った。若山氏は4月にRCSCを取材して以来、Convivi Labにも参加しており、現在はアートやデザインを用いたアプローチに可能性を感じ取材を行っているという。

 

若山氏:最初に、地域でのフィールドワークについて具体的にどんな活動をしているか、もう少し具体的に教えて欲しい。

井上:「とにかく話を聞く」ことから始めている。北海道森町の例では、実際に漁師に話を聞きに行くと、話を聞かれた漁師はとても喜ぶと言う。そんな会話の中では、物流の問題や漁協の問題など様々なテーマが出てくる。そこから鉄道会社に話をしてみる。といったことを繰り返し、出会った人たちを繋げている。そうした活動の中で漁業や農業や畜産などが繋がり、さまざまな人間関係が生まれ、地域の豊かさが炙り出されていく。その豊かさを共有する場を作っているのが現在の活動だ。

若杉:地元の魅力的なコトや人を行政も地域も知らずにいる。特に高校生が未来観 を失くせば地域からはあっという間に人が消える。未来を支える高校生や子ども達に、地域の可能性や未来を伝えることが大人の役割。しかし地域の大人たちは自分の子どもに「ここには何もない」と言う。だからこそ産品をどうブランディングするかよりも地域の本当の可能性や魅力、美しさをどう表現するかの方が重要だと思う。

井上:そうした地域の豊かさを可視化するには、外から来た人間が気づかせてあげなければいけない。実際に地域に滞在したムサビの学生も、地域の課題よりも豊かさに気づきそれを表現してきた。

若杉:地域の人達は、地域の魅力が日常過ぎて見えなくなっているのです。だから、外からきた人が、地元の豊かさを伝え、地域の人はその存在を認識し、感謝し、お互いの魅力が翻訳され、対話し表現する中で自分たちの可能性に気づいていくことがデザインの1つのアプローチだ。

 

若山氏:若杉さんの言ってた「地域を翻訳することがデザインである」という言葉の真意について尋ねた。

若杉:私たちの暮らしや生活が、いかに人間的であるかと言うことに眼差しを置き、様々な事象を伝え直していくことの連続がデザインの役割であるとし、この翻訳活動としてのアートやデザインの力をもっと市民の活動としていく、つまりデザインの民主化が重要だ。

井上:デザイナーが自身の表現ではなく、クライアントが求めるデザインをするようになっている。お金をもらうことで委託者(発注者)の方を向くようになり、本当に見なければならないものを見なくなる。そういった中で色々なものが間違ってデザインされてきてしまった。それをやり直すためにお金をもらわずに地域に入り込み、本当に翻訳する価値のあるものを見出し、デザインや政策に繋げることをしていかなければならないと思っている。

若杉:受発注の関係を崩すことは難しいが、「一緒に企む関係性」をどう作っていけばいいのかということだと思う。本当は組織内に創造的で、未来を見据えた、誰もが、安心・安全で能動的に発信できる環境を作れればいいが、そう簡単にはいかない。何故ならば、組織そのものが現在の価値観(経済的持続性)で合理的にできているので、既存組織に文化的持続性を主とした新しいネットワークや、活動が難しいので、組織に束縛されない、新しい場を組織外の社会に、創ることが新しいイノベーションや地域社会を変える源になるのではないか。それこそが、新しい共同体を作る始まりになるのではないか。

井上:自律するためには1つの場所に依存せず、収入を得る場所を複数持っておき、別で言いたいことを言える環境も作っておくことをしないと受発注の構造に囚われてしまう。大牟田のポニポニの例では、行政の計画を作るときは受託でお金をもらい、計画を実行する段階では、あえてお金を貰わず、協定だけ結んで計画の実施を監督する関係を築いている。このように、お金を貰えるところでは貰うが、言いたいことが言えなくなるような場面ではお金を貰わない、といった仕組みのデザインもこれからは重要になろう。

河野:学生が地域でプロジェクトを行う中で、学生が受託する立場になってしまうプロジェクトは課題を抱えることが多く、上手くいっている地域では地域の人たちが学生と伴走する関係が築けている。

 

若山氏:若杉さんの言った、「優秀な人材ほど自己表現を放棄してしまう」問題はどうすれば防げるのか?

若杉:自分の意見や考えを能動的に発信できるもう1つの場をつくることが必要ということだと思う。

井上:正解は一つでも、誰かに与えられるものでもなく、自分で作って良いのだという認識を持つこと。そのためには、誰もが当たり前に表現をする世界をつくっていくことが必要。だからこそ小さい頃からアートやデザイン、音楽に触れるなどして自己表現することを許す、自由で寛容な社会にならないと、企業も地域もダメになってしまうと思う。経営者などリーダー層の振る舞いは重要で、社員が自己表現をすることに萎縮しない雰囲気をつくらなければ自律は生まれない。教育についてもただ指導をしたり、手放しで好きにやらせたりするのではなく、道に迷わないように話をし、傾聴をする姿勢が必要であり、その意味でも、親子や上司と部下、先生と生徒の関係などから直していかなければならないのだと思う。

若山氏:企業や自治体はこの活動にどういった関わり方ができるのか。

井上:自律協生というテーマはこの国が前を向いて生きていくために必要なものであり、地域にも企業にも共通のテーマだと思う。コンヴィヴィの研究会「Convivi Lab」への参加、既に地域で活動している企業との協力、地域で活動する学生や若者への資金提供など、文化的持続性と経済的持続性を合わせた活動を、様々な企業と共に対話しながら進めていきたい。

 

質疑応答

最後に、会場の参加者との質疑応答を行った。質疑の概要は以下のとおり。

質問:我々の世代は経済という鉄棒にぶら下がって生きてきたが、いつか落ちてしまうかもという不安はある。文化を掴む必要性は感じているが片手を手放すにはどうすれば良いのか、掴んだ先にはリテラシーが必要なのではないか?

若杉:しなやかに手を離すプロセスが必要なんだと思う。柳宗悦は日本中に赴き地域の魅力を地域の人に伝え、本を書き、講演をした。そのようにして自分たちもある種の運動体を作っていく必要がある。メディアに関しても、今はインターネットが普及しソーシャルメディアなどやり方も多様なので広まるまでの時間は短縮されるだろうし、よりダイナミックなことができる。まずは私もやってみようという「自分ごと化」から始まるのではないか。

井上:日本酒業界の例が参考になる。父親世代が築いてきた大量生産のプロセスでは売れなくなってきた日本酒を、若い経営者たちが生産量の少ない昔ながらの手法に変えようとしたところ、どこの蔵でも親子間で対立が起きた。だが結果として手法を変えた蔵の方が売り上げが回復し、経営者同士のネットワークも構築されている。最初は理解できない父親も、こっちのほうが売れるとなれば、認めざるを得ない。父親の世代は、ある程度は経済の論理で納得させる必要がある。

河野:リテラシーという面で、美術やデザインを学ぶことは物事を違う角度から見ることができるようになり、年齢関係なく身に付くものだ。美大教育はそういうところで役立てると思う。

井上:LIFULL総研の調査によると、寛容性のある地域では文化政策、美術政策に力が入れられているという相関があるという。美術は答えがないものと向き合う経験を与えてくれる。それが寛容性を高める効果があるのではないか。そういう意味でも、アートの存在意義はこの先ますます高まっていくはず。

 

質問:もう少しすれば若い世代が主流となり、我々は淘汰されることで状況が変わっていくのか?

井上:淘汰されるとなれば今度はおじさんたちの反乱が始まるので、淘汰という言い方はしたくないけれど、我々も変わっていかなければならないのは確か。知識や歴史を若い世代に伝えつつ、若い芽を潰さないように変わっていかなければ我々の生きる場がなくなってしまう。若い世代のことをとやかく言う前に、50代以上の世代が自己変革を遂げていくことが、この国の一番の課題であると自戒を込めて思っている。。

若杉:学生たちは我々が60年かけて気づいたことにもう既に気づいている。これから出てくる若い世代たちを僕たちは邪魔をせず協力し合っていかなければならない。そういう世代と「本当の対話」をぜひしてもらいたい。

 

質問:寛容性の少なさを感じる中で特に女性の存在が少ないと感じる。女性も含めた多様性、寛容性について話を伺いたい。

井上:一般には男尊女卑に見える漁師のコミュニティだが、実際に入ってみると、意外なほどに女性が強い社会であることがわかる。男女平等ではなく、男=海、女=陸、と役割はかっきり分かれているが、海の上ではいつ死ぬかわからないからか、お互いをリスペクトし合っているし、女性同士の支え合いも強くて、女性が生き生きしている。一方、平地農村地帯では、女性が前に出ることがほとんどなく、祭りなどでも男ばかりが表に出て、片付けは全て女性がするといった光景が見られる。現在、東京圏の若年層の転入超過者数は女性が男性の2倍になっている。つまり、地域が若い女性に捨てられているという現状がある。地域が捨てられているばかりでない。最近は優秀な女性はどんどん海外へ出ていっている。日本という国が女性に捨てられている状態であり、女性が生きやすい地域や企業の在り方をつくっていかなければこの国に未来はないだろう。


text: 藤原 大地