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2024.02.05

「米国企業におけるデザイン・フューチャリストの実践と挑戦 – デザイン、ビジネス、ビジョンの交差点で」イベントレポート

2023年8月3日に、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所(以下、RCSC)では、「米国企業におけるデザイン・フューチャリストの実践と挑戦ーデザイン、ビジネス、ビジョンの交差点で」と題しイベントを開催した。

本イベントでは、米国JPモルガン・チェース銀行でデザイン・フューチャリストとして活躍する岩渕正樹氏が登壇し、デザイン・フューチャリストとして活動するまでの経緯、またアメリカでのデザイン・フューチャリストとしての活動などを紹介した。イベントではSlidoという匿名で質問ができるwebサービスを活用した。

イベントの後半では、武蔵野美術大学の岩嵜博論教授、コニカミノルタ株式会社の神谷泰史氏、NTTコミュニケーションズ デザインスタジオKOELの田中友美子氏、前半の登壇に引き続いて岩渕氏が登壇し、「ビジネスとデザインの関係」を論点にパネルディスカッションを行った。

米国企業におけるデザイン・フューチャリストの実践と挑戦-デザイン、ビジネス、ビジョンの交差点で(岩渕正樹氏)

米国の大手金融機関JPモルガン・チェースは投資銀行という性質を持つJP モルガンと、市民銀行としての性質を持つChase銀行という二つのエンティティを持っている。岩渕氏は現在、チェース銀行でデザイン・フューチャリストとして活躍している。デザイン・フューチャリストとは、企業の中でデザインを通じて未来を描くという職種である。岩渕氏は本講演で、未来を提案するための理論や概念ではなく、あくまでも実践をベースに説明するという形をとった。その理由として、未来像を描くということは綺麗なことというより、むしろ泥臭いアプローチの方が多いからだという。

組織や社会に今とは異なる常識を提示し実装する

岩渕氏はチェース銀行で働く傍ら、デザイン・フューチャリストとしてさまざまな領域で活躍している。最近では、Good living 2050という全世界から2050年のビジョンを募集するというコンテストで審査員も務めている。岩渕氏は、長期スパンで物事を考える意味はあるのかという指摘はある一方で、長期スパンで物事を考えると、発想を飛ばすことになり、今とは全く異なる常識、全然違う世界を想像することになると指摘した。

岩渕氏は、昨今のイノベーションの事例と長期スパンで考えることとの相性の良さを説明するために2つの具体例を挙げた。

1つ目は、Uberである。このサービスは、他人が運転する車に乗り目的地まで送り届けてもらうというサービスであるが、20-30年前の常識から考えてみれば、他人でかつ特別な免許を所有していない人間の車に乗って目的地まで行くというのは、非常識な行為であった。一方で、現在アメリカにおいてタクシーの代わりにUberで目的地まで行くことは常識になっている。こうした常識は、あるポイントで突然変化するのではなく、長い年月をかけて変化していく。

2つ目は、YouTubeである。YouTubeは、一人ひとりがコンテンツを自らの所有するチャンネルで放送局として発信することができる。このようなことは、例えば90年代のテレビマンには「非現実的なことをいうな」と一蹴されてしまうようなアイデアだったのではないかと説明した。しかし、現在は技術の進化と共に非現実的だと言われていたことが現実に実装されてきている。

イノベーションの事例は、技術革新によって広く実装されていくと、非常識が常識になり、非現実が現実になる。こうしたことから、現状の世界における非常識なことや非現実的なことを、あえて提示してみることに興味があるということを改めて共有した。

さらに岩渕氏は、気候変動を例に出しながら、現状と全く異なる常識を提示することは広義のデザインにあたることを説明した。気候変動については身近な気温の変化でも感じることができる。暑くなったから涼しくしてくれるクーラーをデザインしようという対応は狭義のデザインであるが、時代がさらに進んだとき、狭義のデザインによる対応を続けていれば問題がよりシビアになっているかもしれない。

こうした気候変動などの問題は「厄介な問題(wicked problem)」と呼ばれ、単一のソリューションでは対応できず、人々の生き方から考え直さなければいけないという性質がある。したがって、そこには現状とは全く異なる常識や生き方を提示し導いていくという広義のデザインが必要であり、それは伝統的な慣習や価値観に対する挑戦であるという。

続いて岩渕氏は、JPモルガン・チェース銀行でどのように「組織や社会に今とは異なる常識を提示し実装する」実践を行っているのかを説明した。

銀行には、取引(トランザクション)という形でお金を動かしていくマネームーバーとしての役割が伝統的に存在している。近年ではアップルがゴールドマンサックスと連携して銀行業界にも進出し、全てをオンラインで完結させることから通常では考えられない利率で業界を驚かせた。従って、利率を何%にするかという勝負ではレッドオーシャンの状態であり、別の軸を創造する必要がある。しかし、利率で勝負をすることが伝統的な慣習であった状態で、なかなか新しい軸を創造できずにいた。

そこで岩渕氏らのチームは、銀行が伝統的な慣習によって動けないという状況を自覚させ、トランザクショナル(取引的)からエンパセシック(共感的)へと移行することを提案した。例えば、クレジットカードの未払金がある人に「支払いが遅れています。早く払ってください」というのはトランザクショナルな対応の仕方だ。それに対して「未払い金があります。どうしましたか?」と聞いていくような対応の仕方をすることで、ユーザーから「実は最近夫が亡くなってしまって」というような反応を引き出すことができる。そこから「では向こう3ヶ月のファイナンシャルプランを作りましょう」といったような、共感的な体験を取引の中に埋め込んでいくということで新しい軸を提案した。

このような共感的なアプローチは、UXデザインの分野では広く知られていることかもしれないが、チェース銀行の全支店でこれを浸透させていくにはどうすればいいかという戦略の部分まで含めて検討しているという。

また岩渕氏は現在教鞭をとっている、東北大学工学研究科で行っているプロジェクトについても紹介した。

東北大学は戦前に創立された旧帝国大学の一つで、現在も学部などは縦割りのサイロに分割されたものになっていた。しかし、複雑で不確実になっている現代社会に対応するため、学際的志向の学部や研究科が設置されてきたりするものの、本質的に新しい切り分け方のようなものが提案できるのではないかと模索し、客観的な視点で問題を提示するということを行っている。

岩渕氏は、未来像も時代によって変わってきていることを指摘した。20世紀に描かれていた未来像は技術の進歩によって空飛ぶ車や宇宙旅行というような限りない資源、限りない技術の進歩というイメージだったが、現在ではそうした未来像を信じている人は少なく、自然や調和というイメージの方が親和性が高い。こうした未来像を提示することは、ビジョンデザインと呼ばれる。また、現在における考え方の主流を可視化してそこから未来を考えていくというアプローチはトランジション(トランジションデザイン)として知られているということも説明した。岩渕氏の活動はこのような領域にも近いと考えられる。

一方で、岩渕氏は緑や自然との調和といったイメージを持つ未来像が、普遍的にどの場所においても正しい未来像ではないということも説明した。つまり、一意に定められた未来像に向かっていくというのも問題であり凝り固まった考え方であるということだ。

従って、その場に応じた形によって全く異なる常識を提示して、未来へと線を繋いでいくことが必要であると語った。

組織や社会に今とは異なる常識を提示し実装するためのデザイン

岩渕氏は学生時代を振り返り、かつては社会に出れば大人たちがワクワクするような未来像を作っているのだと考えていたが、そのような未来を作っている大人たちにはなかなか出会えず、ワクワクする未来は与えられるものではなく、自分(たち)で作っていくしかないということを悟ったという。

岩渕氏の学生時代の専攻は情報系の学部で、ヒューマンインターフェイスなどを研究していた。そこからIBMに就職しコンサルティングビジネスを10年ほど行っていた。2015年くらいからデザイン思考という言葉が社内でも頻出するようになり、そこからは社内でもデザインコンサル寄りの仕事を行うようになった。そして2018年、パーソンズ美術大学に進学した。在学中にはコロナの世界的なパンデミックが影響し、オンライン授業やオンライン卒業式になるといったこともあった。その後、岩渕氏は米国のJPモルガン・チェース銀行に転職し、デザインフューチャリストとして活動することになった。

転職する前の仕事では、どちらかといえば短期的な視点でものを作ることが多かったという。一つのプロジェクトが終われば、また別のちょっと先の未来を見据えたプロジェクトに取り掛かるというサイクルであった。しかし、岩渕氏はそのサイクルを繰り返すことで明るい未来を作ることはできるのか、もっと長期的な視点で未来を考えることができるのではないかと考えていた。どういう方向の未来が望ましいのか、あるいはそもそもどこに向かっているのだろうか、そうした疑問はどうやって解決できるのだろうか。また、UXやUIといった業務改善は基本的にクライアントワークで、さらなる可能性を岩渕氏が感じていたとしてもそれがクライアント先に実装されることは少なかった。可能性の大きさに対して実際にできる仕事とのバランスにも当時は悩んでいたという。

そんな最中、岩渕氏が出会ったのが「スペキュラティブデザイン」という考え方だった。岩渕氏は未来学者のスチュワート・キャンディが考案したPPPP図を見せた。スペキュラティブデザインでは、線形的に「起こりそうな未来」だけではなく、可能性を広げて考えてファンタジーになりすぎない程度の「起こりうる未来」を考えることで、違った方向性に気づくといったデザイン領域だ。

また、広義のデザインという潮流の中で、デザインリサーチャーやエンジニアリングの研究者などがデザインのスコープを表明するような図像を提示している。その中の一つにトランジションデザインがある。トランジションデザインはカーネギーメロン大学のデザイン系学部から提唱された。

最初は人工物のデザインから始まったデザインの歴史は、サービスのデザイン、共創のためのデザイン、ソーシャルイノベーションといった経緯を経て、トランジションはそのさらに先に位置付けられているという。

スペキュラティブデザインは可能性を広げるような「起こりうる未来を考えるデザイン」、トランジションデザインは自分達の意志を入れ、「起きてほしい未来を考えるデザイン」であるという。例えば厄介な問題が解決されている未来を仮定し、そのときにどうなっているんだろうと考えることで、近視眼的なソリューションの発想に歯止めをかけることができる。

岩渕氏は、こうしたデザインの研究をしてみたいと思ったことから、アメリカのパーソンズ美術大学に留学することにしたという。パーソンズ美術大学には、スペキュラティブデザインの提唱者であるアンソニー・ダンとフィオナ・レイビーが在籍していた。

ダン&レイビーがスペキュラティブデザインを提唱したのは2000年代前半であったが、当時は進化していくテクノロジーの未来が不確定になってきている中で、様々な未来の可能性を提示する役目をスペキュラティブデザインは担っていた。しかし、近年においてはそうした様々な未来に関する議論は積極的に行われており、批評的な視点も投げかけられている。それゆえ、スペキュラティブデザインの役割は終わったのだと彼らは説明した。その後、ダン&レイビーはイギリスのRCAからアメリカのパーソンズ美術大学へと籍を移し、デザインド・リアリティーズという名前のスタジオを開設した。

彼らは”Not here、Not now(ここでもなく、今でもない)”という標語を掲げており、現実世界の常識に対して揺さぶりをかけるような枠組みを提示する実践活動を行っている。

ラージャー・リアリティ(a lager reality)という彼らの最近の論考の中で、現実的なものを志向するような力が強まり、その結果想像力を武器にして非現実的なものすら提案してしまうデザインの力が抑圧されているということを説明した。その抑圧の原因は主に組織の存在が挙げられる。岩渕氏は非現実的なもの、非常識的なものこそイノベーションのタネが眠っているかもしれないという中で、現実的なアイデアに終始してしまっているのは非常にもったいないと述べた。

ダン&レイビーと出会い、現状と全く異なる常識を社会に提示することに惹かれていた岩渕氏は、卒業後アメリカで通常のUXデザインやプロダクトデザインでの就職がなかなか叶わなかった。そんな中、コロナ禍の影響により多くの企業が不確実な未来に対して不安を抱くようになり、デザインストラテジストやデザインフューチャリストといった職種に代表されるパンデミック後の世界を描いてくれるような人材が求められるようになっていた。その企業の一つが、現在岩渕氏の勤めるJPモルガン・チェース銀行であった。面接ではデザインとテクノロジーの掛け合わせだけではなく、人間の過去から現在までの線を繋ぎ、そこから未来を考えるといったデザインと文化人類学の掛け合わせで考えるという話をしたという。翌日にはオファーをもらい、岩渕氏も想像していなかったアメリカの銀行で働くキャリアがスタートした。

JPモルガン・チェース銀行での実践

岩渕氏はマンハッタンのタイムズスクエアの近くにあるJPモルガン・チェース銀行のオフィスに在籍している。そこではATMやアプリなどのデジタルプロダクトを開発するための部署が集まっている。JPモルガン・チェースはJPモルガンとチェースの2つのエンティティに分けることができ、岩渕氏はチェース銀行のデジタルプロダクト&エクスペリエンスという部署に所属している。デジタルプロダクトの中身は縦割りのプロダクト別という組織構成になっていて、クレジットカードはクレジットカードのサイロが、預金のプロダクトは預金のプロダクトのサイロがというように構成されている。一応、共通する情報を扱うアカウントオープニングという組織が横串を通しているが、基本は縦割りの組織である。

また、デザイナーが配属されるということになればそれぞれのプロダクト別の組織下に配属されるということになる。

岩渕氏のいる組織は縦割りではなく、横串に貫くような組織である。組織の名称はデザインを科学的に進化させていくという思いから「デザインエボリューション」と名付けられている。この組織のミッションは、各プロダクト別の部署のビジョンデザイナーやデザインストラテジストと一緒にビジョンやストラテジーを練ることであったり、組織間に横串を通すような活動である。

チェース銀行内にはもともとデザインストラテジーという戦略をデザインする人々(UXストラテジーやプロダクトマネジメント、サービスデザイナーなど)が集まっていた。その次にオーガニゼーションチェンジと呼ばれる人材育成、社内のデザイナーのキャリアモデルを整理する人たちが入ってきた。その後、コロナ禍でデザインフューチャーズと呼ばれる領域が拡張されていき、そこにはストラテジックフォーサイトやスペキュラティブデザインができる人材が所属している。岩渕氏はまさにそのデザインフューチャーズで活動している。

全体を率いているディレクターは、元コンサルファームのデザインディレクターであり、その上にいるCDOも元Meta社のデザインディレクターである。銀行はGoogleやNetflixなどのテック企業と比べ、デザイン文化に遅れをとっているという自覚があり、そういった人材を積極的に採用してきたという経緯があった。

配属されたときには、デザインで未来を描くデザインフューチャーズということに対して上司側も理解はしていたものの手はつけておらず、デザインフューチャ-ズという定義もできていなかった。そこで岩渕氏らのチームは、デザインフューチャ-ズを「巨大な組織でデザインを通じて未来を思い描く」というように定義した。

銀行は社会のあらゆるものと接続していると岩渕氏は言う。例えばテクノロジーではフィンテック、ビットコインなどの暗号資産で経済はどう変化を迎えるのか、あるいはユーザーを取り巻く環境やお金に対する価値観の変化、アメリカの法規制、気候変動なども銀行の重要なテーマとして挙げられる。

加えて、「銀行の未来」を考えたときに「銀行やお金のない未来があるとしたらどんなものなんだろうか?」と自己矛盾的に考えてみることで、起こりうる世界について想像してみるということに挑戦しているという。

そういったことに対してデザインを通じてアプローチするために、トップダウン、ボトムアップ双方からワークショップなどを行い、体を動かして考える場を作るということに価値を置いている。場を作って考えてみることで、業界の中の凝り固まった考え方を抽出し可視化することができる。それに対して別の方向性を示していくということがデザインを通じて行えるのではないかと岩渕氏は語った。

ここで、岩渕氏は「未来の考古学」と呼んでいるものを紹介した。過去の人工物を発掘し、過去の人々がどのような生活をしていたのかを想像するのが考古学という学問であるとした上で、未来の考古学では未来の人工物を可視化することで未来の社会像を想起することを志向していくものである。社会像だけで議論すると空中戦になりがちな問題を、具体例を通して説明することで地に足のついた議論にすることができる。

アウトプットとしては読み物を作ったり、未来のプロダクトのモックアップを作ってみたりしているそうだ。また、ドローンデリバリーが実現された社会を考えたときには、ヒューマンスケールでその状況を擬似的に体験することで、よりそのサービスの解像度を高めながら未来の生活について発想をすることができたと岩渕氏は説明した。

このような活動の実践をしていくなかで、個人で稼働できる工数やプロダクトの数が限界を迎えてしまったため、仲間をつくるということを考えた。デザインフューチャリストのような視点で物事を見れる人を増やしていくことで、一人では変えられない部分についても変えることができるようになるのではないかと岩渕氏は語った。

そのために元々ユーザーリサーチラボとして使われていた部屋を「リビング・オブ・ザ・フューチャー」という名付けて占拠し、その部屋に入ると未来のプロダクトがたくさんあるという空間をつくった。また岩渕氏はテクノロジストと協働してARのアプリも開発し、そのアプリから部屋を見渡すとそのオブジェクトの背景となる未来のチェース銀行のサービスがポップアップで出てくるというものを開発した。

「リビング・オブ・ザ・フューチャー」を作ったことによって、様々な所属を持つ人々がフラっと立ち寄り、自身のコンテキストと擦り合わせながら議論に参加したり、新しいプロジェクトの企画が練り上がっていくということが起こり始めてきた。また、それはエンティティの枠も超え、JPモルガンサイドのテクノロジストや未来のリサーチャーも参画し始めてきているという。

そうしたコラボレーションの機会を持ち始めると、そもそもこの企業はなぜ2つにエンティティに分かれているのだろうという問いが生まれ始めたりもする。大企業の中でデザインフューチャリストとして活動していくと、徐々に所属組織のKPIを超えてしまうこともあり、そうしたところから評価の再開発について議論する段階にまできていると説明していた。

また岩渕氏は、新しくなったチェース銀行のパーパスである“Make dreams possible for everyone, everywhere, every day”を使いながら、コーポレートパーパスからスペキュレーション(スペキュラティブデザインの発想)を用いて、文化をつくり、そこから事業が生まれるというサイクルを生み出そうとしているという。

スペキュレーションの段階では、例えば「リビング・オブ・ザ・フューチャー」のような場所での実践が挙げられる。コーポレートパーパスを実現するためには何が必要なのかをその部屋で考えたり、サイロを超えた議論ができたりするように整備する。考えたことや議論の結果をデザインフューチャリストに頼るのではなく、自ら上司に持っていくという文化をつくり、それが新しいビジネスに繋がり、そのビジネスがパーパスに吸収されるというサイクルである。このサイクルを生み出すことに期待とワクワクを持って岩渕氏は活動している。

岩渕氏は本講演の中で、現状とは違う全く異なる常識を社会や組織に実装することの意義やその実践について惜しみなく紹介していたただいた。続くパネルディスカッションでは、企業に広義のデザインをどう導入するかなど、米国の大企業の観点から引き続き岩渕氏にも登壇していただいた。

パネルディスカッション (米JP Morgan Chase 岩渕正樹、コニカミノルタ 神谷泰史、KOEL 田中友美子、武蔵野美術大学 岩嵜博論)

イベントの後半では、パネルディスカッションを行なった。モデレーターは、武蔵野美術大学の岩嵜教授。パネラーは、岩渕正樹氏、コニカミノルタ株式会社の神谷泰史氏、NTTコミュニケーションズ デザインスタジオ KOELの田中友美子氏である。

パネルディスカッションの前には登壇者が自己紹介をかねた簡単なインプットトークを行なった。

コニカミノルタの神谷氏は、現在企業のデザインセンターで戦略立案等に携わっている。また、エンビジョニングスタジオと呼ばれる全社横断の新価値創出に携わる組織にも所属している。神谷氏はイノベーションを専門にしており、新規事業開発に携わっていく中で、デザイン思考に出会いデザインのキャリアを開始した。デザインの力をイノベーションマネジメントに応用し、新規事業制度の仕組み、組織開発などを行っている。

コニカミノルタでは、BtoBtoPforPを掲げており、ビジネスにおけるプロフェッショナルを通じて人々のために働くということを理念としている。したがって、会社全体として人を見るということが文化として存在している。それをより活性化させるために、数年前デザイン思考を全社レベルで導入することにした。その上で、ビジョン創造とイノベーションが生まれるための文化づくりをおこなっている。

神谷氏はコニカミノルタにおけるビジョンデザインの例として、envisioning studioがおこなった活動を紹介した。コニカミノルタでは「みたい」に応える会社をビジョンにしており、現在の「みたい」だけではなく、未来のみたいにも応えるためにトランジションデザインを駆使してストリームの制作を行った。

envisioning studioでは、ビジョンに関する取り組みを社内で根付かせるために4つの軸を考えている。1つ目はenvisionで価値づくり、2つ目がmethodで方法論を整備してノンデザイナーでも実施できるようにすること、3つ目がsystem、新価値創造と事業共創・育成の仕組み構築を行うこと。そして、4つ目がsoilと呼ばれるもので、新価値創造のための文化づくりをおこなっている。

田中氏は、現在NTTコミュニケーションズのKOELというデザイン部門で仕事をしており、課題発見と解決だけではなく組織づくりまで担っている。また、KOELの自主リサーチプロジェクトとしてビジョンデザインをおこなっており、バックキャスティングで未来を見据えて現在を再考するということを行っている。2021年度には「みらいのしごと after 50」を、2022年度には「豊かな街のはじめかた」をリサーチアウトプットとしてまとめている。

このメンバーで企業におけるデザイン活動の実践についてパネルディスカッションをおこなった。

企業に広義のデザインを導入するためにはどのような戦略が必要か

企業に広義のデザインを導入するためにはどのような戦略が必要かについて、まず岩嵜教授は田中氏にお話を伺った。

田中:KOELで実践しているのは、裾野は広くトップを上げるということを意識してやっています。デザインという言葉やデザイナーという言葉に対する先入観からうまくコミュニケーションが取れないという問題があります。そこで、デザインといった言葉をあまり使わず、デザインのプロセスを通常の業務に落とし込んだ場合の利点などを説明するようにしています。そうした中でデザインが仕事で使えるんだという感覚を持ってもらうようにしています。トップをあげるということに関しては、KOELという組織でアウトプットを繰り返すことによって実践力を高めてもらえればというふうに考えています。

神谷:トップのコミットがないとどうしようもないのかなということは感じています。私がコニカミノルタに入った大きな理由としては、当時のデザインセンター長が執行役員で経営側にいたということがあります。経営側と一緒にデザイン戦略を立てていくということができていたと思います。ただ一方で、ボトム側から共通認識を広げていく活動も地道な活動としてあると思います。そうした両鋏の形でやっていくのがあるのかなと思います。

岩嵜:岩渕さんは、どうでしょう。トップのコミットが必要ということに関しては。

岩渕:僕はチェース銀行初のデザインフューチャストとして採用されました。これはジョブ型採用なので、デザインフューチャストという職種が必要だよねという上からのコミットはあったのかなと推測しています。

岩嵜:それはどうしてそういう状況になったんですかね。コロナ禍でビジネスの不確実性が増したということですか?

岩渕:そうですね。コロナ禍という状況は大きかったと思います。トップのコミットというか理解してくれる人が必要だなというのは感じています。ただ一人で戦うというのは難しいと思うので。理解してくれる人とか関わった人からじわじわと広がっていけるような仕組みたいなのは作れないかなぁと考えています。そのための共通言語としてデザインの持つ人間視点みたいなものがあるのかなと思います。技術単体の未来、インフラ単体の未来というのは想像しにくいので、人間というキーワードを挟み込んで共通して考えていく基盤を作ることはできるかなと。

岩嵜:ちなみに、トップとどうコミュニケーションとれるかというのは重要な話だと思うんですが、岩渕さんの場合は上司がデザインバックグランドなんでしょうか。ノンデザインバックグランドの人とどうコミュニケーションとるのかというのも重要だと思いました。

岩渕:チームの中にはデザインバックグランドの人もいるし、ノンデザインバックグランドの人もいる感じです。上司は、元フィヨルドのデザイナーだったので話は通りやすいし、理解してくれるんじゃないかなと思います。

岩嵜:ちなみに日本の場合はどうでしょう、田中さんはいかがでしょうか?。

田中:デザインって感覚的なものでしょとか、デザイナーは感覚的に話すんでしょとかそういう固定観念を持っている人が多いんですけど、実際はそういうことないじゃないですか。きちんと理論立った理由があってご提案することがほとんどなので、その理由の部分をお話しすれば相手もわかってくれることが多いです。あとはその理由の部分に、デザインでやりたいことだけじゃなくて、ビジネス上の利点や組織のこれからみたいなこともパッケージとして盛り込んで相手の文脈にのせるということを意識してます。

岩嵜:神谷さんはどうですか?

神谷:私の場合は、デザインセンター長がデザイナー出身で経営層まで上り詰めた珍しいタイプの人だったんです。なので、両方の言語がわかる人でした。ただ、その人は今年の春に退任されて、新しくビジネスサイドの方が担当役員になりました。でも、私はもともとデザイン出身ではないので、ビジネスサイドの人の方がコミュニケーションしやすいというところもあります。あとは、先ほど岩渕さんもおっしゃっていたと思うんですけど、デザインという言葉はなるべく使わないようにしています。

岩嵜:結構共通して出てきていたのが、相手の文脈に載せて話をするということだったと思います。そういったことは従来のデザイナーはあまりやってこなかったなと思います。

企業にデザインの組織文化を醸成するためには

岩嵜:これは岩渕さんからお話を聞いてみたいんですが、アメリカのJPモルガン・チェースのようなもともとはそんなにクリエイティブじゃなかった、デザインを取り入れたのも後の方だと思います。JPモルガン・チェースでは狭義のデザイナーを含めて今何人くらいいるんですか?

岩渕:JPモルガン・チェース全体で言うと、4桁規模はいるんじゃないかと思います。デジタルプロダクトに寄与している人はそれくらいいると思います。まぁデザインということだと500くらいかもしれないです。

岩嵜:すごいですね。じゃあ、日本のメガバンクでそれくらいいるかというといないと思うんですよね。でも、どういう形でそこまで進んだのでしょうか?

岩渕:花形はデジタルプロダクトに寄与している人だったりします。そうした人たちも含めて縦割りの組織から抜け出せずに、スキルを無駄にしてしまっているのではないかという問題がありましたので、組織に横串を通して活動していくということを通じてデザイン文化のレベルアップを図るということができるのかなと思います。

岩嵜:具体的にはどういう活動があるんでしょうか?

岩渕:小さいプロトタイプをつくる会だったり、社内のデザインキャリアパスみたいなものをつくったりしています。

岩嵜:それはデザイン人材自身でボトムアップでやっているんですか?

岩渕:ボトムアップですね。ただ、デザインキャリアパスとか組織の縦と横をどう繋いでいくかみたいなのは、先ほどご紹介したDesign evolutionという組織が行っています。

岩嵜:なるほど、田中さんはどうですか?

田中:会社として定着させるためにはそうした評価があることが大事なんですけど、文化としてやっていくには「みんなができるよ、関われるよ」ということが重要だと思います。ただデザインって大昔は絵が上手い人、絵が描ける人がやるお仕事だったと思われていました。そこでデザイン思考とかが出てきたときに、誰でもできるじゃんみたいな形で人数が広がったのかなと思います。デザイン思考を通じて距離感を縮めていくということは弊社でもやっています。ただ難しいのは、そうなるとクオリティが低くなるということもあるんですが、それはフェーズを変えて今は間口を広げるときだということを考えてやっています。

神谷:今日ここに来られている方は何かしらの形でデザインに関わられている方だと思うんですけど、大きくて歴史のある会社だとデザインというものが本当に理解されていないと思います。デザインセンターが社内にあるということすら知らない人も大半だし、デザインとは色形のことだって思っている人が95%以上。そのなかでデザインをどう伝えていくのかが難しいからデザインという言葉をなるべく使わないのが基本なんですが、弊社の場合はありがたいことにデザイン思考を全社浸透させるというのがトップの判断で進められました。そこで研修を進めていくというのが業務の一つなのですが、研修の機会を通してデザインの役割を伝えていくということを地道に進めています。

Q&A

パネルディスカッションの後、会場から質問をピックアップしてQ&Aセッションに移った。

 

質問:PluriversalやTransitionは文化人類学的なバックボーンが重要な気がします。今後Futurelistにはどのようなスキルセットが求められると思いますか?

岩渕:デザインと文化人類学は今すごく接近していて、デザイン人類学という言葉も立ち上がってきていると思います。過去を振り返るとか、企業の脈々と続くDNAを未来に持っていくということの重要度は増しているなと思います。ただ、学問としてそれを学ぶというのは一人の人間の時間的制約もあるのでプロジェクトのメンバーで学際性を獲得するというのが重要だと思います。社内をあたってみると、大きな企業だと文化人類学的なバックボーンや哲学のバックボーンを持っている人がいると思います。その方などと話をしてプロジェクトに巻き込んでいくことが必要かと。なので、個人のスキルセット的にはファシリテータのようになっていくのかなと思います。

神谷:岩渕さんのいうことについては100%同意で、そういう座組みでやっております。もう一点加えるとすると、企業に勤めている人って仮面をかぶって仕事をしていますよね。要は、デザイナーはデザイナーの立場で、マーケターはマーケターの立場で、いわば仮面をかぶっていると。でもこういった未来とか過去とかをみるためには自分の視点が大事なんですよね。働いてても実は趣味で音楽とか猟師やってますとか、そっちの方が重要だと思うんですよ。それがわかるような仕組みというのが大切な気がします。

 

質問:コンサルファーム内でデザインアプローチや未来洞察を用いた業務を行なっております。すごく意義深い仕事ではありますが、客観視するとどこかビジネス占い師のような怪しさが漂います。みなさんはストラテジスト、フューチャリストとしてどういった部分でやりがいや達成感、意義を感じますでしょうか

田中:占い的な風読みにならないように、リサーチをするというのが大事だと思います。なぜ、自分がこれを思い描いたのかということは必ず説明できるようにしています。意義を感じるのは、コンサル業で他社の他業種について話すときに、みなさんが固定観念で固まっているところに違うお題を投げ込んだみたいな瞬間に達成感を感じていて、議論が180度転換した火付け役になれたときに意義とか達成感は感じます。

神谷:僕はコンサルファームではないのでインハウスという立場で言うと、確かに怪しさを感じられてしまうとその後全く信用してもらえないので注意はしています。で、コンサルにはできないけどインハウスでできることとして、一番強みだなと思っているのが社内のどこの部門よりも社内の情報を持っているということなんですよ。その情報を統合した上で未来洞察してソリューションを提案すると、文脈に沿った納得できる提案になるのかなと思います。

岩渕:正直、この話もあってコンサルからインハウスに移ったということもあります。当たるということじゃなくて、信じたいとか、こう在りたいという求心的な未来じゃないとダメだと思うんですよね。

岩嵜:そうですよね。未来を当てるんじゃなくて、つくるんですよね。つくりたい未来をみんなで考えるということなのかなと思います。

 

質問:「大きな組織」のビジョンデザインとトランジションデザインとは家、アセットライトな金融や情報ソリューションを生業にしている会社と、設備産業のようなアセットヘビーな会社では、推進時の抑えどころに違いがある気がしますがいかがでしょう。

岩渕:私的にはfrom toで作っていくので、今囚われている常識に誰も気づいていないんです。特に業界の中にいる人って業界の中で囚われているものにあまり気づかずに仕事をしていると思います。そういう意味で、あるフェーズの問題ではなくて、今こういう状態だからこうなっていくといいんだというようなマップを描いていくということが重要なのかなと思います。

神谷:どこの会社でも言われていると思いますが、「ものづくり」から「ことづくり」って言われていると思います。ものを売っているわけではないんですよね、あんまり影響は受けないかなと思いつつも、歴史的な経緯上ものづくりの会社は社内のプロセスが長いので、いざ動こうとするとローンチまで時間がかかるとか、社内決済時間かかるとかそういう癖はありそうな気がします。

 

質問:厄介な問題を抱えている現代の未来を描く上で、一企業が未来を描くことが傲慢にも捉えることができると思うのですが、企業の中で未来を描く上で気をつけていること、配慮していることありますか?企業の生存戦略=豊かな未来なのかな?という疑問です。

岩渕:すごくクリティカルだと思います。ポスト資本主義とかいってそこを目指すんだけども、やっぱ資本主義でビジネスを作らなくてはいけないというジレンマの中で仕事をしているという状況です。先ほどとも同じような答えになってしまいますが、from toが見えているということが大事で、長期的な視点を持って北極星を示して、そこに向かって今やっているんだという意識がないとダメなのかなというふうに感じます。

田中:考える順番だと思っていて、まず未来をピュアな気持ちで考えて人の暮らしってこうなるんだなって見えたときに、自分の会社に振り戻って、この世界だったらうちの会社まずいじゃんということを考えて会社の生存戦略を考えるので、ごちゃごちゃになるということはないかなという気がしました。

 

質問:日本全体としては、企業のデザイン内製化はどのように進めていくと良いでしょうか?私はコンサルティングファームのデザイン組織のものですが、各企業にデザインが内製化されることがベストだと思っています。御三方の企業は、多分ラッキーな例で、そうでないJTC(Japanese Traditional Company)のような組織にデザインが根付いていくと社会は変わると思っています。

岩嵜:確かにJPモルガン・チェースは4桁くらいのデザイナーがいる。NTTコミュニケーションズは、600人くらい。コニカミノルタは70人くらいですか。では、神谷さんはどうですか。でも、70人でも十分に内製化していますよね。

神谷:会社の規模に対して、非常に少ないとは思います。ただ、全部内製化すべきかというと微妙だなと思うこともあります。ビジョンは私たちとしてどうありたいかということがあるのでそれは内製でやるべきかもしれませんが、一方でそれ以外だと中にいる人のことを信じない人もいるんですよね。外から言ってもらいたいという人です。これは歴史的に考えるとデザインセンターが事業部からの下請けになっていることが多くて、そのイメージを今でも持っている人がいて、それを払拭するために活動しているわけですけどいまだに拭えきれていません。そうした意味でもコンサルティングファームは必要なのかなと思います。

田中:中にいると同じことを繰り返してしまったり、内製化が続くと少し飛躍ができないフェーズっていうのが起こってしまったりするのかなと思っていて、そのときに外の風を入れるという意味で一部外注を入れることもあるのかなと思います。内部にデザイナーがいるメリットって、外注先のアウトプットの目利きができるとか、いいものが出てくるためのコミュニケーションができるというところがあると思います。

岩渕:アメリカと日本の違いだと思うんですけど、デザイナーが必要になったらたくさん採用するんですが、逆にいらなくなったらレイオフということもよく聞くので、そこは文化の違いみたいなこともあるのかなと思います。

 

パネルディスカッションの質疑応答はここで終了し、最後に登壇者らから「デザインとビジネスの関係が今後どうなるのか?」という問いかけに対するそれぞれの回答で、イベントが終了した。

 

デザインとビジネスの関係について

岩渕:デザイナーがビジネス側に寄り添うということも必要になってくると思うので、トラディショナルなデザイナーたちが新しい領域に近づいていったり、ビジネス側も近寄っていくということが必要なのかなと思います。お互いの殻をやぶるということが組織の中では重要な態度なのかなと思います。

田中:広義の意味でのデザイナーが広がっていったときに、デザイナーに重要な2つの要素があるような気がしています。1つはコミュニケーションの上手さ、手を変え品を変え伝わっていくとか、その場で同意をとっていくとかファシリテーションの力。2つ目は想像力だと思います。ビジネスの人とかだと、実現可能性とか妥当性とかに思いが強いので、なかなか飛躍できない。飛躍とか新しい視点とかを議論のテーブルに乗せてあげるというのがこれからのデザイナーの役割として重要なのかなと思っています。

神谷:デザイナーのスキルってすごく重要だと思っていて、デザイナーって冷静に見て会社の中でかなりたくさんの仕事をしています。しかもアウトプットの質が高いです。でも評価されないというのがあって、その理由ってビジネスのことを知らないっていうのがあると思うんです。あとは、自分から提案するというのがビジネスの上では大事なんですが、なかなかやっていない。複雑なものを整理して伝えることができると、かなり経営サイドまで物言いができる能力のあるデザイナーって多いはずなんですよね。なのでビジネスロジックまで理解した上で動いていくということが重要なのかなと思います。

岩嵜:変わっていく時代だと思います。日本はその中でデザイン方法論とかが役に立つはずだと思います。それを大企業とかある程度の規模でやっていくということがより大切になってきているのかなと思うので、今日の話がみなさんにとって少しでも参考になれば幸いです。ありがとうございました。


text:福原稔也