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2023.04.13

「政策のためのデザインの現在形 武蔵野美術大学・日本総合研究所共同研究成果報告会」イベントレポート

2023年3月16日に、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所(以下、RCSC)と日本総合研究所では、「政策のためのデザインの現在形」と題しイベントを開催した。

本イベントでは、計5名の方々が登壇し国内外の政策デザインの実践や政策デザインにまつわる調査について発表した。イベントではSlidoという匿名で質問ができるwebサービスを活用した。

イベントの前半では、武蔵野美術大学の岩嵜博論教授、日本総合研究所の水嶋輝元氏、Aalto大学修士過程在学中で武蔵野美術大学RCSC客員研究員の森一貴氏、西之表市役所企画課の久留康平氏と武蔵野美術大学造形構想研究科修士課程の五十嵐悠氏らが登壇し各自の調査研究の一部について発表を行った。

イベントの後半では、岩嵜教授、経済産業省の原川宙氏、長浜カイコーの中山郁英氏、日本総合研究所の辻本綾香氏らが「政策のためのデザインの可能性と障壁」についてパネルディスカッションを行った。

 

政策のためのデザインの現在形

まず登壇したのは、武蔵野美術大学の岩嵜博論教授である。岩嵜教授は、同大学の学部と院でストラテジックデザインや政策デザインについて研究している。プレゼンテーションでは、政策デザインの議論の背景や政策デザインの実践を事例別に紹介した。

岩嵜教授は導入として、政策デザインが世界で議論され始めていることを紹介した。また政策デザイン領域において積極的に発言をしているクリスチャン・ベイソン氏の書籍についても紹介した。クリスチャン・ベイソン氏は、2023年3月17日に武蔵野美術大学に来日し、「デザイン思考を超えて:持続可能なイノベーションに向けた倫理的アプローチ」という題目で講演をしていただいた(その際のイベントレポートはこちらからお読みいただけます)。

世界で議論されている政策デザインにおける「デザイン」とは、広義のデザインであると岩嵜教授は言う。広義のデザインとは、意匠やスタイリングという視点を持った狭義のデザインがあったときに、それを包含するような形で存在するシステムやサービスといった視点を持つデザインのことだ。狭義のデザインと広義のデザインは決して分断しているものではなく、共通のデザインというコンセプトを持つ概念ということにも注意しておきたい。
広義のデザインが政策に適用される背景として、現代的な政策アジェンダにおいては広義のデザインが有効という議論があるからだ。そこで岩嵜教授はデザインという方法論は以下の4つの特徴:複雑性に耐えられる、イノベーションに対して有効である、人間中心(human-centerd)、共創に適している、試行的である、を持った方法論であると解説した。

岩嵜教授は、デザインが政策にどのように活用されているかについてフィンランド・ヘルシンキ市とイギリスの2つの事例を紹介した。
フィンランド・ヘルシンキ市では、行政の6つの領域にデザインを展開しているという。また、広くデザイン領域を展開するために「デザイン・ラダー」というデザインを行政に活用するまでの道のりを戦略的に構築していたことを紹介した。
またイギリスでは、イギリス政府内にポリシーデザインラボが設置されていることを説明した。近年、ラボでは3ビッグディーズ(3 big Ds :Design、Digital、 Data )を掲げており、デザインをデジタルやデータと同じくらい重要視している姿勢について触れた。また同ラボによって開発されたデザインのツールセットなどやイギリスのAHRCという団体が調査した政策デザイナーのスキルセットなどについても紹介し、政策デザイナーという職能に必要なスキルやマインドを説明した。

 

基礎自治体職員におけるデザイン手法に関するアンケート調査

日本総合研究所の水嶋氏は、2022年に武蔵野美術大学の岩嵜研究室と共同で行った「基礎自治体職員におけるデザイン手法に関するアンケート調査」についてプレゼンテーションを行った。

このリサーチは基礎自治体における課題の現状と方法論の活用可能性を探るために行われた。それを探るために、さらに3つの項目について明らかにすることを試みた。3つの項目とは、①「基礎自治体の政策上・日常業務における問題および課題認識を明らかにする
」、②「基礎自治体におけるデザイン手法の導入度、実践度合いを明らかにする」、③「基礎自治体におけるデザイン手法導入の可能性および障壁を明らかにする」である。

本イベントレポートでは、リサーチのサマリーを共有する(詳細についてはこちらからご覧いただけます。)
①の項目については、政策課題の複雑化、長期化に加えて、多様化するニーズの政策への活かし方に困難を感じていることが明らかになった。複雑化していると感じている領域は「人口減少」など日本における総体的な潮流に対してである。 ②の項目については、デザイン思考の認知度・活用度は共に低い水準であること、一方で、人数は少ないがデザイン思考を活用した経験のある人はその有効性を高く感じていることが明らかになった。 ③の項目については、「バックキャスティング」のような先入観に囚われない長期計画の立案方法や、「インタビュー」「観察調査」のような人々が心の奥底で抱えている問題を浮かび上がらせるような調査の方法に対する役割期待度が高いということが明らかになった
この発表を受けて岩嵜教授から、基礎自治体職員のデザインへの認知度と実際のデザインの中身に対しての理解度の差について質問があった。水嶋氏は、職員の日常業務の中で無意識的にデザイン手法的なものを複数導入していると指摘。一方で、意識的でなければデザイン手法ならではの結果を出すことは困難であることも説明した。

 

フィンランドにおける政策のためのデザイン

続いて、Aalto大学修士課程に在籍中で、武蔵野美術大学RCSC客員研究員の森一貴氏が「フィンランドにおける政策のためのデザイン」という題目でフィンランドにおける事例の紹介を行った。フィンランドでは、2008年頃から公共行政領域でのデザイン活用を始めており、2009年にはヘルシンキデザインラボも設置している。森氏はフィンランドにおける政策のためのデザインの実情を調査することを通じて日本での展開可能性を模索したいと話した。

まず、共有したのはヘルシンキ市の実践である。ヘルシンキ市には自治体内にヘルシンキデザインラボというデザイン組織がある。このラボが行政内でのデザイン活用に多大な貢献をしている。ヘルシンキデザインラボは、行政内のインハウスデザイン組織として多様な部課に横串を通すようなデザイン活動を行なっている。業務内容としては、主にデザインを行うことと外部との強力なサポート体制を構築することを行っている。4年ごとに更新される戦略協定を活用しながらデザイン案件を外注しディレクションすることでサポート体制を構築している。この他にも、ヘルシンキ市に設置されているCDOについても説明していただいた。

次に共有したのは、ヘルシンキ市の隣にあるエスポー市の事例である。エスポー市では、共創を軸にしたデザインの展開を図っている。市内にいくつかあるリビングラボや市内の大学などを活用しながら共創の場や多様なステークホルダーを巻き込める環境づくりを行なっていることを紹介した。

森氏は、これらの事例調査から発見した事柄について最後に共有した。フィンランドでは既にサービスデザインの視点からより包括的なシステムデザインへ視点が移りかけていること、デザインが人や組織の媒介者になっているということ、フィンランド内でのデザインエコシステムが見えているという3つの点を挙げた。

 

鹿児島県西之表市戦略プロジェクトにおける実践

「鹿児島県西之表市戦略プロジェクトにおける実践」という題目で、西之表市役所企画課の久留康平氏と武蔵野美術大学修士課程の五十嵐悠氏が登壇し、地方における政策のためのデザインの実践・研究についてプレゼンテーションを行なった。

まず、西之表市役所企画課の久留康平氏が、西之表市種子島において実施した通称:戦略プロジェクトについて紹介した。種子島は、課題先進地域でありそれらに対処するためのプロジェクトが戦略プロジェクトである。
伴走をしたのは武蔵野美術大学修士課程の五十嵐氏で、デザイン思考についてのレクチャーを行なった。同プロジェクトでは実際にプロトタイプを作って市民や担当職員からフィードバックを得るということを重視した。久留氏は、課題を市の子育て支援と定め、関係者からインタビュー調査などを行い、広報誌のプロトタイプを作成した。一度、フィードバックを得てそこから軌道修正し、最終プレゼンでは改善されたプロトタイプであるスマホのUIやサービスブループリントを披露することができたという。
市民からは良い反応が得られた反面、市の職員からは業務内容の負担増加などについての懸念などが上がっていた。
デザインプロセスを通した感想として、時間がかかりすぎた反面、新規事業構築、とりわけデジタル技術の導入などとは親和性が高いのではないかなどといった感想をあげた。

その後、伴走をしていた五十嵐氏が同プロジェクトについての俯瞰的な考察を説明した。五十嵐氏は、主に政策におけるデザイン7つの参入障壁:デザインアプローチの知見、供給者目線、共創、時間的制約、デジタルツール、予算、チャレンジ、を4つのレイヤー:個人、行政文化、行政制度、日本社会の文化に配置し、参入障壁を心理的・文化的・制度的ハードルの側面から考察した。また、五十嵐氏は行政の無謬性についても触れ、失敗してはいけないという気持ちが行政のチャレンジ精神を低減させていると話し、これについては国全体での議論が必要と提起した。一方で、この実践で確認できた有用性として、立案した政策が役立つという自信を職員が持てたという点を挙げた。
さらに五十嵐氏はデザインアプローチを行政組織に適用していくために、大きく3つの取り組み:定性調査の活用、特定プロジェクトでの活用、DXの推進(DX戦略の中にデザインを配置)を実施していく必要があるのではないかと試論を紹介した。

プレゼン終了後には、Slidoから質問を拾い回答を行なった。質問は、施策失敗のリスクを地方自治体は背負えないのではないかという疑問とその解決策のヒントを求めるものだった。それに対し、五十嵐氏が回答し、不明な点はまだ多いが、フィンランドには失敗を賞賛する日というものがある、日本においてもボトムアップ的にそういった取り組みをしていくことが重要なのかもしれないと語った。

 

パネルディスカッション -政策のためのデザインを導入することの可能性と障壁-

イベントの後半では、パネルディスカッションを行なった。モデレーターは、武蔵野美術大学の岩嵜教授。パネラーは、経済産業省の原川宙氏、長浜カイコーの中山郁英氏、日本総合研究所の辻本綾香氏である。

パネルディスカッションの前には登壇者が自己紹介をかねた簡単なインプットトークを行なった。
経済産業省の原川氏は、クールジャパン政策室でデザイン政策業務に携わっている。原川氏は、過去にも日本は公共行政領域のデザインに注目していたことと、デザインという言葉の持つ多義性について共有した。

長浜カイコーの中山氏は、滋賀県の長浜市が設置したデザインセンターの長浜カイコーにて企画運営を行なっている。中山氏は、政策の立案から実施まで行政と民間が極端な役割分担をすることなく混ざり合いながら共創するためにはどうするべきかという視点と、地方からの参加という視点で話題提供を行なった。

日本総合研究所の辻本氏は、官民連携のまちづくりや都市開発の業務に従事している。2022年度は、行政職員とデザイン人材によるプロジェクトについて事例調査を行った。その中で感じたこととして、手段先行のデザインではなく問題認識を前提とした「なんのためのデザインか」を意識しなければならないという点や、デザイン手法の共通言語、特にパターンランゲージについて興味関心を抱いているという点を共有した。

 

「政策にデザインを導入することの可能性」

中山氏は、自治体職員の日常業務から得られる市民の方からのインサイトとインサイトの深掘り方やプロトタイプというデザイン手法の両輪を生かすことで、デザイン手法を用いた政策立案が可能になるのではないかと話した。この話を受けて岩嵜教授は、市民との距離が遠くなってしまう国あるいは都道府県の職員はどう市民の方に寄り添ってインサイトを取れるのかと原川氏に質問した。原川氏は、経産省には地方局というものがあり、少なからず現場感を知ることはできると回答。一方で、市民の方のイメージがどうしても妄想気味になってしまう点は課題であるとも補足した。辻本氏は、ニューヨークのサービスデザインスタジオを例に出し、市民の方とのタッチポイントであるサービスの改善が導入可能性として一番高いと話した。しかし、ニューヨークの例では職員のデザインスキル維持のために手厚いサポートがあることも指摘。そこで、まずはビジョンをデザインすることが重要で、それが結果的にサービスのデザインなどに良い影響を与えるのではないかと話した。

 

「政策にデザインを導入することの障壁をどのように乗り越えればよいか」

政策にデザインを導入することの障壁として、原川氏は時間がかかりすぎること、デザインという言葉の多義性による説明の困難さや、政策デザインに取り組んでいるか否かという二元論などが議論の中で挙げられた。特にデザインという言葉の多義性や二元論の乗り越え方について、辻本氏はデザインという言葉をあえて使わずに経験知を体系化し共有し更新できることが重要であるという指摘をした。また、原川氏は職員が無意識的にでも既にデザイン手法を職務内で活用しているという前提のもと、その活用者を積極的に見つけ出し巻き込んでいくことで、二元論を避けグラデーション的に政策デザインの取り組みを広げていくことができるのではないかという意見が出た。

以上、2つのトピックについてディスカッションを踏まえ多くのコメントがSlidoにて共有された。本レポートではその中からいくつか抜粋して紹介する。

 

コメント

パターンランゲージは色々な領域でつくられますが、いかにそれを使ってよいアウトプットをつくるかが大事かと思います。周囲ではつくられたものの使われないパターンランゲージが多数。デザイン行為の一回性にも、より注目すべきかと思いますがいかがでしょうか?

辻本氏は、パターンランゲージはアップデートしないと使われなくなってしまうことが多いという指摘をした上で、時代に合わせて更新していくこと、また使っていくと良い解決策が変わっていくことがあるので、その知恵をパターンランゲージにも反映しておく必要があるという指摘をした。さらに、岩嵜教授は、ツールをいかに自分のものにできるかという視点で、誰かから与えられたものではなく、自分たちのものにするためには、自分たちがメンテナンスをしなければいけないという指摘もあり、アップデートを行政職員のみならず市民の方をも巻き込んだ形でできると良いという意見も出た。

 

コメント

パブリックというよりコモン=私たちのものという認識を日本でも持つことですかね。フィンランドとの差もそこにある気がします

「私たちごと」として問題を捉えるという認識は重要であるという意見で一致した。原川氏は、長浜カイコーのような、自分はプレイヤーではないと思っている人も気軽に立ち寄れる場、また日常的に問題意識を共有できる場でコミュニケーションをすることができる場が重要であると指摘した。また、岩嵜教授は、そのように十分コミュニケーションする場を持つことができれば、コモンというものもエリノア・オストロム*のいうように成立可能なのではないかという指摘もあった。

*エリノア・オストロムは、2019年に追悼として授与されたノーベル経済学賞の受賞者で、共同管理の理論や資源共有の実践について研究をした。彼女は、さまざまな地域や文化での共同管理の事例を調査し、自発的かつ相互依存的なルール作りやプロセスが、資源の持続可能性を高めることを示した。

 

最後にパネルディスカッションに登壇したモデレーターとパネラー方々から感想をいただき、イベントは終了した。

辻本氏:我々も政策デザイン研究会というものを社内で立ち上げていて、2年目になります。まだまだわからないこともあり、みなさんと試行錯誤しながらやっていかなければいけないことがあると思うので、共創の意識でできればと思っております。ありがとうございました。

中山氏:今、Slidoを見たら「時間がかかりすぎる(政策にデザインを導入することの障壁)」と一番上に書かれていてたくさんいいねをもらっています。時間がかかる、コストがかかるという問題をどうするかというのは本当に重要な課題だと思うんですけれども、「時間があってもやりますか?」ということも重要な視点だと思います。だから、できることからやるというのが大事だと思っています。今までいろんな人に話を聞いてきて、いい言葉だなと思ったのは、共感はアウトソースできないということです。だから自分で現場に行って見なくちゃダメだと。まさにこれだなと思っています。なので、できることからやりましょうというのを最後のコメントにして終わらせていただきたいと思います。

原川:私自身、すごく勉強になりました。最後に、日々の自分の仕事で気をつけたいなと思っていることを申し上げたいと思うのですが、「デザインは万能じゃない」ということも大事だなと思っています。全ての政策にデザインを投じればいいわけではなくて、既存のやり方でうまく行っているのならそのやり方の方がうまく進んでいくというのはあります。全てに政策デザインをというよりも、デザインの効能が効きやすい領域があると思いますので、そういったところも意識しながらみなさんとデザインの輪を広げていければいいなと今日参加して改めて感じました。ありがとうございました。

岩嵜:私たち大学にできることはこうやって場をつくることだなと改めて今日感じました。日本総研さんとご一緒することで、こういう場が実現しましたし、良いリサーチができました。今日お越しくださいましたみなさん、オンラインを通じて見ていただいている皆さんとも継続して場を共有しながら、世界を少しずつ探索して行きたいなと思っておりますので引き続きよろしくお願いいたします。


text:福原稔也

photo:赤金諒亮、福原稔也