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2021.11.04

未来をつくるクリエイティブ・スタートアップvol.3「起業に向けていちばん大事なこと」イベントレポート

2021年9月28日、未来をつくるクリエイティブ・スタートアップvol.3「起業に向けていちばん大事なこと」というオンラインイベントが行われました。

武蔵野美術大学では、2019年度にソーシャルクリエイティブ研究所を開設し、社会に役立つデザインの研究と実践を開始しています。 その活動の一つとして、起業・スタートアップのフィールドで活躍できる美術大学ならではの人材育成プログラムや普及活動に力を入れています。
今回は2021年度クリエイティブ・スタートアッププログラムの開講に向けて、ベンチャーキャピタル「Yazawa Ventures」代表の矢澤麻里子氏をお招きし、レクチャーをしていただきました。また、2021年度「クリエイティブ・スタートアッププログラム」の参加希望学生による選考会を兼ねたプレゼンテーションの後、教員2名と矢澤氏も交えたディスカッションの機会を設けました。

 

はじめに

本学クリエイティブイノベーション学科教授である山﨑和彦教授が、美術大学でスタートアップを支援する重要性について昨年度のプロジェクト事例を交えて語りました。

クリエイティブ・スタートアッププログラムでは、「社会がよくなることを目指す」、「働き方をクリエイティブに」、「クリエイティブをビジネスに」、という3つを目指して学生たちと起業に向けた実験や講義を行います。
2021年度のクリエイティブ・スタートアッププログラムでは、これからの働き方の提案、これからの働き方の実験、これからの働き方の実践をしてもらいたいと山﨑教授は語りました。そして、クリエイティブに必要なのは「実験」を重ねることであり、そのために必要なのは圧倒的なプロトタイプであると参加者に語りかけ、そのチャレンジに期待しているという言葉で締めくくりました。

 

「起業に向けていちばん大事なこと」 矢澤 麻里子氏(Yazawa Ventures代表取締役)

次に、本日のゲストである矢澤麻里子氏から「起業に向けていちばん大事なこと」についてお話いただきました。
矢澤氏はニューヨーク州立大学を卒業後すぐに起業にチャレンジするも、上手くいかず日本に帰国しBI*・ERP*ソフトウェアのコンサルタント・エンジニアとして従事していました。中学生の頃からITに興味を持ち、今後ITが世界を変えていくんじゃないかという思いからITの業界で働いていたという矢澤氏。しかし、仕事が楽しい反面で自らが起業し失敗した経験を鑑みて、本来自分がしたかったこととは何だっただろう?と問い直すようになったといいます。

また、矢澤氏は「起業は世界を変える」、と語りました。社会を変え日本がもっと良くなるためには、スタートアップ・起業家がもっとたくさん生まれないといけないと考え、起業家を増やす仕組みを作っていきたいという思いから、ベンチャーキャピタルの存在に気づきそこにチャレンジしたといいます。日本やアメリカでVC(ベンチャーキャピタル)、アクセラレーターにて経験を積んだのち、自身の妊娠・出産のタイミングやもっと世界にインパクトを出していくためにはどうしたら良いのかと考え、2020年末にYazawa Venturesを立ち上げました。「働く」に関わるスタートアップにシードから投資することに特化したファンドをつくり、また日本初の女性単独GPとして立ち上げから注目を浴びました。

*BI・・・Business Intelligenceの略
*ERP・・・Enterprise Resources Planning の略

 

なぜ、「働く」に関わるスタートアップへの投資を行うのか?

スタートアップはユーザーの課題を解決することに繋がるからです。そして、そのスタートアップに投資をするということはユーザーの幸せを作り出すことであり、そうすれば社会が幸せになり、事業者、投資家、矢澤さん自身も幸せになることができると矢澤氏は語ります。

また、女性の働くという課題を解決したいという思いがあるといいます。働きたくても様々な制限により働けない女性たちが、働きやすく稼ぐことができる社会を作ることができれば、女性の活躍と一人当たりのGDPの引き上げが可能になる。そうすることで社会を変えたいという思いを軸足に、「働く」に関わるスタートアップにシードの段階から投資をしているそうです。

 

起業に向けて大事なこと、の前に・・・

起業といっても、様々なやり方があります。自分の手の届く範囲で小さく事業を興し、目の前のお客さまの課題を解決しようとするスモールビジネス。短期的に大きく成長していくスタートアップ。組織の中で新規事業を立ち上げていく、もしくは組織からスピンアウトして起業していくなどの方法です。

スモールビジネスでは、売るものと売り上げが予想できるため銀行などから資金の貸し付けを受けやすいです。スタートアップでは大きなビジョンに対して技術がまだ完成していないという事例も多く、銀行からの資金調達が難しい場合があります。そのため爆発的な成長を期待する投資家から資金調達をすることに向いているという特徴を持っています。

スタートアップではVCを通して資金調達した時に、VC側から事業を大きく成長するように求められます。スモールビジネスとして、少しでも売り上げが出ればいい、自分が生活できるくらいの売り上げでいいと考えていたにも関わらずVCからの言葉で出資を受けてしまい、自分が考えていた規模以上の事業の成長を求められて困ってしまう、というケースも存在するといいます。
そういった事が起こらないように、自分が目指すのは一定の売り上げや事業ができれば良いと考えるスモールビジネスなのか?世界に大きくインパクトを与え大きく成長するスタートアップなのか?という、投資家との目線合わせを意識しておくことが起業前に大事になると語りました。

 

起業する際、何を意識すべきか

起業するときには、起業家(チーム)と事業(モノ・カネ)のふたつが大切だと矢澤氏は語ります。誰がやるのか?何をやるのか?この2つについてブレイクダウンして解説してくれました。

<事業において大事なこと>

①目線を上げる・大きな夢を描く
→どの山に登るのか?
→海外の事例など、徹底的なリサーチ
事業を大きくしていくことは課題を抱える人をより多く助けることができると考えることができます。そうした時に、日本国内だけに留まらず海外にまで目を向けてリサーチを行なって欲しいのです。学生の起業家だと目線が小さくなり100億や1000億の想像をすることができません。しょうがない事ではありますが、インターネットなどでリサーチする事で理解することができるようになるといい、大きな規模を想定したり、リサーチを怠らない事が重要だと語りました。
また、ピッチの際に「まだ誰も解決してない課題なんです。」や「競合がいないんです。」という言葉をよく聞くが、これはトラップだと言います。なぜなら、解決する人がいなかったのではなく、みんなが挑戦し上手くいっていない可能性があり、それは法律が壁になっていることもあります。この面についても、リサーチをサボらず、見ないようにしない事が大切なのです。

②逆算して、今何をやるのかを定義
→解きたい課題のために、ソリューション、バリュープロポジション、戦略、戦術、財務、人事、法務などを逆算して考えることが大切です。

③やる!!!!
→早く失敗する。アイディzア・PFF・PSF・PMFなど、素早く検証していく。
これに関しては、学生の起業家は真摯に取り組む人が多いといいます。反対に、一度働いたことがある人やビジネスを経験した人は、いかに効率的にできるかという考えが先行してしまったり、失敗することを恐れて考え過ぎてしまったりするようです。しかし、シードの0→1において、効率的にできることは無く、とにかくやるしかない。早く失敗することが大切で失敗を恐れず素早く検証していくことが大切だと語りました。

<起業家として大事なこと>

①言語化・数値化・ストーリーテリング
→起業家はやろうとしていることを色々な人に理解してもらわなければいけません。その為に、言語化やビジュアライズによって分かりやすく伝える事や数値化によって事業の規模を理解してもらうことが求められます。

②計画力、実行力、分析力(PDCA)
→何が良くなかったのかを分析し、すぐに改善していくことが重要です。

③人間力&折れない心
→巻き込み力・責任感・約束を守れるか・誠実さ・真摯さ・楽観力
起業家は多くの人から評価され成長していかなければいけません。裏を返せば、やればやるほど人間力が鍛えられていきます。約束を守れるかというのは、他人との約束はもちろんのこと、自分との約束を守れるかも大切だといいます。スタートアップは、最初は誰からも信頼されていないところからスタートします。約束を守り、誠実に、真摯に取り組むことで関わってくれる人たちの信頼を獲得していかなければいけません。
そして、どうにもならない状況やストレスを抱える状況が多くある中で、事業が大きくなればなるほど、解決しなければいけない課題も大きくなり、抱える責任も大きくなります。そのときに、全力でエンジンを踏みながらも、心が折れないように自分を客観視しながら進んでいく事ができる楽観力も大切だと語りました。

 

さいごに

さいごに、Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズの“Stay hungry, stay foolish.”という言葉を紹介しました。スティーブ・ジョブズは、自分が立ち上げたAppleからクビにされた経験があります。その時のことを振り返り、ジョブスはシリコンバレーから逃げ出したいほど恥ずかしかったと語っています。ただ、それを乗り越えたときに自分の直感や好奇心に従ったことでピクサーを作る事ができたのだと言っている。矢澤氏も、ジョブスのこのエピソードを辛いときに思い出し奮起していると言い、どんな時も自分のやりたいという心に従い、信じていることを疑わずにやり続けることが重要だ。と語り講演を締めくくりました。

 

2021年度クリエイティブ・スタートアッププログラム選考会


今回のイベントは、矢澤氏からの講演に加えて、10月から武蔵野美術大学で開講されるクリエイティブ・スタートアッププログラムへの参加者を決める2次選考のためのプレゼンテーションを行いました。今年の8月から学部・学年不問でムサビ生に向けて募集を開始し、2次選考ではクリエイティブイノベーション学科、映像学科、基礎デザイン学科、デザイン情報学科、視覚伝達デザイン学科の学部生と大学院生、計13名が1人あたり2分間で自らの事業やプロジェクトのアイデアをプレゼンテーションしました。
前半で講演をした矢澤氏に加え、プログラムの講師となる山﨑和彦教授(クリエイティブイノベーション学科教授)と西村真里子氏(株式会社 HEART CATCH代表/プロデューサー)が審査を行い、学生の発表を受け、矢澤氏、山﨑教授、西村氏の3人がコメントしました。

矢澤氏
―――全体を通してすごく面白かったです。いままで、多くのピッチを聞いてきましたので、前に聞いたことのある事業と近いなとか、マネタイズが難しそうだなと思うものもありましたが、一方で可能性の塊だなと感じたものもいくつかありました。もう一つ大きな特徴だなと思ったのは、皆さんプレゼンのデザインがすごく綺麗です。他の大学のピッチなどを聞くと資料は箇条書きのものが多いですが、すごくUIとしてデザインが綺麗だったのでポテンシャルを感じ取ることができました。

山﨑教授
―――今回嬉しかったのは、学部の1・2年生が挑戦してくれたことです。そして、それがどう次のステップに行けるのかが鍵だと思います。

西村氏
―――皆さん、自分の課題や自分がなぜこれをやりたいのかというところから向き合って、自分ごと化した上でのアイデアを持ってきてくれたのがすごく説得力がありました。矢澤さんの前半のお話でも言っていた起業家に必要な力の中でも、ストーリーを伝えるために言語化やビジュアライズすることでインパクトがあるピッチになっているなと思って聞いていました。

 

ディスカッション・質疑応答

西村氏
―――矢澤さんに質問してもいいですか?
矢澤さんの話を聞いて、人間力とか折れない心はとても大事だなと共感しました。事業を進めていく中で、自分のアイデアをブラッシュアップし形になってきた…けどそこから先に進まないとか、折れそうなタイミングってこれから先たくさんあるじゃないですか。そういう時、どのように克服していけばいいですか?

矢澤氏
―――色々な方法があると思いますし、その中でも一番は自分との対話ですかね。対話といっても、パソコンに書き出す人もいれば、手書きで書き留める人もいます。でも、いちばん良いのは色んな人に相談する事だと思います。
出資をさせていただいてるスタートアップでも定期的にミーティングをしているんですが、上手くいかなくなってくると段々と私にも会いたくなくなってくるんですよね。事業のこと突っ込まれてあれが出来ていないとか、全然プロダクトが進まず投資家から詰められるのが怖くて、投資家や他の経営者と会いたくなくなってくるんですが、むしろそういう時こそ色んな人にたくさん会って相談することで、自分の中で無理矢理にでも解決していくことができるようになっていくんじゃないかなと思っています。

参加者からの質問を求めるも、声がなかなか上がらないなか、矢澤氏が参加者の皆さんに語りかけました。

矢澤氏
―――皆さん、なんでも良いので質問して大丈夫ですよ。質問じゃなくても、感じた事でもいいと思います。持論ですがこういうときに起業家は前のめりな方が良いと思っています。
余談ですが、日本でこういった講演をするとき質問する人って少ないと思うんですけど、海外に行くと全然違うんです。ビックリしたのは、イスラエルでイベントに登壇したとき、こっちが喋っているときにガンガン入っていって、「こう思いました。」って言うんですよ。笑
なので、気になったことをどんどん聞くのは大事だと思いますよ。

ここで学生から質問の手があがりました。

学生
―――矢澤さんも西村さんも起業されてると思うんですけど、どういったタイミングで「よし!起業しよう。」と思ったのか、自分の思いから事業化に変わる瞬間はどのようなところにあったのでしょうか?

矢澤氏
―――私自身は、ずっと独立したいなと何となく思っていました。でも、今すぐやりたいと言う気持ちはなかったんです。前職では、CEOとして良い給料を貰いながら、イノベーションを起こすぞ。みたいな良さそうな仕事をしてはいたんですが、自分が本当にやりたいことってこれだっけ?と考えたときに違和感があったんですよね。じゃあ、自分がファンド立ち上げるときの良いタイミングっていつだろうと考えていたら、たまたま妊娠したんです。
そこで更にいつやろうと悩んだんですけど、出産や子育てのことでタイミングを延ばすくらいだったら、どうなるかも分からないしやりたいと思ったときに、できるだけ早くやろうと考え、出産する1ヶ月前に前職を退職して、出産後半年で起業しました。出産して半年とか1年の人がファンドを立ち上げるって、相当クレイジーな事だったと思います。だって、預かるお金が億単位ですから…もし上手くいかなかったら一生かけても返せない金額だと思います。でも、5年後10年後に後悔するくらいだったら、今やろうと思ったのが私のタイミングでした。

学生
―――すごくかっこいいです!

西村氏
―――私はマーケティングやブランディングをしていたんだけど、すでに有名なものをブランディングすることが面白くなくなっちゃったんだよね。その時に、全く無名のもので、ゼロからブランドを作っていきたいという思いが出てきて、誰かの力を借りないで自分の手でやってみたいという好奇心で起業しました。

矢澤氏
―――やっぱり、一歩踏み出すと「やらなきゃ!」って前に進むしかなくなるんですよね。

西村氏
―――そうそう!後悔もするんだけどね。あ〜なんで辞めちゃったんだろうって。

矢澤氏
―――後悔することもあるんだけど精神力がついていくと思うんで、思ったことはなんでもチャレンジしてみるのがいちばんだと思います。

学生
―――私の事業では人を集める事があるので、コロナ禍が重要なタイミングになるなと考えています。現状では、コロナ禍であることを利用して進められるよう計画をしていますが、コロナ禍が収まるタイミングを逃しちゃいけないなとも思っています。そういった面で色々悩んでいることがあるのですが、これからビジネスを立ち上げるときにコロナ禍をどこまで考慮すべきなのか、色んな観点からお話を伺いたいです。

矢澤氏
―――タイミングはバッチリだと思います。世間的に皆さん自粛を続けて、人に会いたくなっていると思うんです。もちろん、まだ時間はかかるとは思うんですがこのタイミングでしっかり仕込んでおいて、解禁されるものが増えてきたら一気にお客さんを取りにいくことができると思うので、そこはすごく重要だと思います。
ただ、それがどこまで続くのかっていうのは見極めなきゃいけません。
ユーザーが一時的には増えるかもしれないけど、それがずっと続くと思ってはいけないのでその先も見据えることが求められると思います。

 

まとめ

この他にも、参加者からの質問に答えていただき今回のイベントは終了しました。
今回、矢澤氏には「起業に向けていちばん大事なこと」というお話をしていただきました。矢澤氏はイベントの中で、精神論になってしまうけど、前に進まない時にはやっぱり折れない心とか楽観視できる力が必要になるし、やりたいと思ったらやる力が必要なんです。と語ってくれました。

今回の参加者の中にも、やりたい事があるけど、どう進めていけば良いのか分からないし、お金もないし、リスクのことを考えて前に進めないでいる人が多くいると思います。
そんな人たちに、矢澤氏の起業を決めたタイミングの話や起業家を支援する立場での経験の話など、背中を押してくれる言葉が多くあったと感じています。

まずは、友人に話をしてみるだけで何かが変わるかもしれない。と感じさせてくれるお話でもあり、その反面でアイデアを客観的に見るためのリサーチの重要性なども語っていただいたことで、これから何かを始めたいと考えている人にとって実りのある時間になったのではないかと思います。


text : 若狭風花