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2022.09.27

「PUBLIC DIGITAL – 公共組織をデジタル組織に変革するためには」イベントレポート

8月3日に出版された『PUBLIC DIGITAL(パブリック・デジタル)――巨大な官僚制組織をシンプルで機敏なデジタル組織に変えるには​​』の著者の一人、アンドリュー・グリーンウェイ氏が来日されました。本書の監訳を行った武蔵野美術大学の岩嵜博論がモデレーターとなり、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所主催のイベントを開催しました。本著書は、先進的な公共組織のデジタルトランスフォーメーション(DX)の事例として知られているイギリス政府 Government Digital Service(GDS)の立ち上げ期をリードした四人の著者によって書かれ、巨大で官僚的な公共組織のDXに関する実践の書です。レクチャーでは、グリーンウェイ氏からGDSやPublic Digitalの活動を共有いただきました。後半のパネルディスカッションでは、経済産業省の吉田泰己氏、大阪ガスの出光啓祐氏、東京大学公共政策大学院の青木尚美氏もパネリストにお迎えし、公共組織のDXについてディスカッションを行いました。

 

グローバルの行政DX最新動向から、日本の公共組織における可能性を見出す

グリーンウェイ氏より「日本のパブリックセクターの刷新における可能性の発掘 – 海外政府の最新DXトレンドからの教訓 – 」をテーマにレクチャーいただきました。

パブリック・デジタル社は、DXコンサルタントのスペシャリスト集団であり、英国だけでなく世界中の国や自治体、さらにはSONYなどの民間企業のDX支援を行なってきました。著書である『PUBLIC DIGITAL』は、その取り組みを交えたマニュアル本となっています。

GDSでは6,000億円以上もの節税、1,882ものWEBサイトをGOV.UKへ統合することに成功した結果、英国は世界トップレベルの電子政府となり、先進事例として世界から注目を集めています。

英国GDSの成功について(グリーンウェイ氏投影資料から)

 

世界的ムーブメントとなっている行政のDXですが、どうすれば日本でも達成することができるのでしょうか?それには、「何をするかを変えるだけでなく、やり方を変える必要がある」とグリーンウェイ氏は強調しています。

また、「DXとは、技術の実装である」と考える人も多いはずです。しかし、「仕事の仕方を変えずに新たな技術を適用することは、コストもリスクも高まる」と語ります。

グリーンウェイ氏によるデジタルの別の定義として、「人々の高まる期待に応えるため、カルチャー、プロセス、ビジネスモデル、インターネット時代の技術を適用すること」と紹介されました。その具体的な取り組みとして、デジタルスキルを備えた多様な経験を持つ公務員を採用する、市民のニーズにフォーカスする、小さく始めてすばやく学ぶ、幹部を巻き込む、最重要課題から始める、というようなことが求められます。

技術ではなく創造性と働き方に投資することが重要であり、そうすることで政府の信頼向上、危機へのより良い対応、世界的威信につながるとグリーンウェイ氏は強調しました。

最後に、グリーンウェイ氏自身が「もっと早く知っていれば」と思ったこととして、「(市民に対してだけでなく)同僚の公務員に対して素晴らしいサービスを作ること」があったと語り、「DXは大きなチャンスであり、新たな世界のリーダーとなる余地が残されている」という言葉でレクチャーを締めくくりました。

 

官僚的公共組織でDXを推進する

グリーンウェイ氏のレクチャーに続くパネルディスカッションでは、経済産業省の吉田泰己氏、大阪ガスの出光啓祐氏、東京大学公共政策大学院の青木尚美氏に加わっていただきました。

吉田氏はシンガポール留学の経験を活かし、経済産業省DX室およびデジタル庁で活躍されています。DXはテクノロジーだけの問題ではなく、組織の問題と捉え、良い組織を作ることが、良いデジタルサービスを提供することにつながると強調されました。デジタル庁設立当初からの経験を通して、行政官と民間から採用されたIT専門家の相互理解と職場環境の構築が重要であり、そのためには組織のミッション、ビジョン、バリューを共通の土台(Common ground)とすることが不可欠で、カルチャークラッシュを克服し新たな組織カルチャーを構築するための具体的なアイデアを共有いただきました。

新しいカルチャー構築のための仕掛け(吉田氏投影資料から)

 

出光氏は経済産業省、資源エネルギー庁での勤務および英国留学の後、現在は110年以上の歴史がある大阪ガスで全社DX戦略を担当されています。エネルギー産業は2016年以降の電力・ガス自由化によりターニングポイントを迎え、エネルギー事業だけではなく顧客の生涯価値に目を向けた事業に拡大しています。2018年からDaigasグループとなった大阪ガスは「変わり続けられる会社への変革」をDX戦略目標に掲げ、その目標を達成するために、トップダウンでの推進、デジタル能力の育成、システムの刷新の3つを戦略の柱としています。出光氏は、DXはDaigasの変革そのものだと強調し、その道のりで経験した課題と対応を共有されました。

Daigasの変革における課題と対応(出光氏投影資料から)

 

青木氏は東京大学公共政策大学院で教鞭を取られています。青木氏からはDXを阻む要因の俯瞰的枠組み構築の視点が提供され、チェンジマネージメントはDXの実現だけではなく、許容に対して重要な考慮点であると説明されました。DXへの抵抗の起因は、個人、仕事のグループ、組織の各レベルで要素が異なり、これらはDXだけではなく一般的に変革への抵抗と捉えることができますが、特に個人レベルの抵抗要素として「ここで開発・発明されていないから受け入れない」症候群やデジタルコンピテンシー習得に対する硬直的なマインドセット、DXを協働的ではなく競争的変革だと捉えるマインドセットがあり、マインドセット変革もDX戦略の一部として検討する必要があると説明されました。

DXへの抵抗となる起因(青木氏投影資料から)

 

公共組織でDXを持続的に推進するには

パネリストからそれぞれの組織や環境で経験されたDX、その際に向き合った課題などを共有いただいたあと、主に組織的課題と変革の指標についてディスカッションを行いました。

岩嵜 官僚的な公共組織でDXを推進するためには、どのような組織的課題を克服する必要があり、その際には何がキーになるでしょうか。

吉田氏 デジタル庁では職員間のバックグラウンドの違いから来るコミュニケーションの非効率が大きな課題です。こうした状況を乗り越えるには職員間の相互理解が第一歩であると考えます。従来の行政機関で見られる縦割りや働き方を見直し、互いが連携して全体として良いサービスを提供するために共通の土台(Common ground)を作ろうとしています。

岩嵜 デジタル庁で民間から多くの非常勤人材を採用したことは、大きな変化の一つだと思いますが、カルチャーに対する影響はどうでしたか。

吉田氏 ポジティブな面とネガティブな面、両面あると思います。異なるバックグラウンドの人材が交わることが混乱をもたらす部分もありますが、民間人材による新しい働き方や考え方の導入は、デジタル庁がこれまでの行政機関にない新しいカルチャーを発展させる上でプラスに作用していると思います。

出光氏 大阪ガスには長く雇用されている従業員が多く、従来慣れ親しんだカルチャーに他社から見た視点で気付きを得ることは難しいと思います。働き方、マネージメントスタイル、組織カルチャーの3つと、未来を想像し行動することは組織変革において重要だと感じます。

岩嵜 青木さん、日本の組織または社会においての視点をいただけますか。

青木氏 これまで組織や人材について話されてきましたが、心理的障壁についても忘れてはならないと思います。特に個人レベルでの心理的障壁においてはコミュニケーションが重要です。他国でのDXを例にお話すると、リーダーは「なぜこれをやらなければならないのか」「失業の心配はない」など従業員の安全を担保するためのコミュニケーションを繰り返して行うことが大切です。日本においては、縦割りは課題だと思います。この課題には、検討に値する施策が一般的にいくつかあり、ここでは5つあげたいと思います。1つめはマトリクス組織を形成すること、2つめはスローガンを活用すること、3つめは境界を超えて動く人材(boundary spanners)を配置すること、4つめはシンガポールのケースで、日本で可能かは分かりませんが、1つの省庁に属した人材採用ではなく行政組織全体への採用にすること、5つめもシンガポールのケースですが、省庁を横断した再投資予算を持つことです。

岩嵜 アンドリューさん、これらの話についてコメントをもらえますか。

グリーンウェイ氏 非常に興味深いですね。これまで言及されているように組織カルチャーは重要な点です。変革の道のりにおいてあまり話されていないのは、インセンティブについてです。失敗した場合、昇進に影響する、希望の役割に就けない、職を失うなどのリスクを軽減すると同時に、リスクを負うことが称賛につながるということがなければ、挑戦する動機が起こりません。

 

岩嵜 次のトピックは、どのように変化を評価し、持続的なものにできるかという点です。

吉田氏 非常に難しいトピックですね。現状では日本においてはこれを測定するKPIはありませんが、成功を測定する指標は必要だと思います。また、職員の行動の変化からも評価することができると考えます。デジタル庁では初期に比べてコミュニケーションがペーペーレスで、オンラインのチャットベースになってきていますが、このようなシンプルなものでも行動変化の1つとして認識できると思います。

岩嵜 この話は出光さんの「変わり続けられる会社への変革」と繋がっていると思いました。

出光氏 大阪ガスはDXについてはまだ先進的とはいえないかもしれません。DXを推進する多くの企業は、小さな成功が重要であると言っています。我々も小さな成功と評価の標準化から始めようとしています。はじめの一歩は非常に困難ですが、事例から学んでいます。

青木氏 変化の評価ついては、顧客満足度に基づく測定をしてはどうでしょうか。ユーザ志向やユーザエクスペリエンスは様々なところで強調されています。しかしデジタル競争力ランキング指標は、主にインフラについて、例えばモバイルへのアクセス、インターネット普及などが指標にされていますが、ユーザエクスペリエンスに直結していません。測定として注力しなければならないのは、顧客の成果や影響だと思います。

岩嵜 デジタル庁でもユーザエクスペリエンスは大きなポリシーの1つとして掲げていますね。

グリーンウェイ氏 顧客満足度は全くその通りだと思います。財務面での削減も測定指標にできると思います。他の実用的な指標としては、どれだけ迅速にサービスを変更できたか、つまり、フィードバックをもとにデザインなどをどれだけ早く反映できるかだと思います。その指標によって、組織の能力が測定できます。

 

まとめ

世界をリードする英国GDSの事例から、日本の公共組織のDXにおいても重要な点をお聞きすることができました。DXは技術中心の改革と捉えられがちですが、組織カルチャー、個人のマインドセットの変革を同時に行うこと、そして顧客への成果にフォーカスして行動することで、本質的なDXの目的を果たすことに繋がります。DXには近道はなく、フィードバックを迅速にサービスに反映し、小さな成功を積み重ねる継続的な活動です。
コロナ禍を機に、日本の省庁や大企業において硬直した組織やルールが変革や迅速な対応を阻んでいることが問題視されましたが、海外からの学びをもとに、日本の組織変革の第一線で奮闘されている方々のお話は、日本の未来に希望を感じられるものでした。

パネリストの方々が、苦労話であるにも関わらず楽しそうに話されていること、本イベントに参加されたみなさんの真剣な眼差しが印象に残るイベントでした。


text: 石井萌、高田紀子