2020.09.07
「政策デザインラボx Speculative Futures TOKYO : パーソンズ美術大学での学び」イベントレポート
2020年7月31日にソーシャルクリエイティブ研究所主催イベント「政策デザインラボx Speculative Futures TOKYO : パーソンズ美術大学での学び」がオンラインイベントとして開催された。
はじめに
今回は、ソーシャルクリエイティブ研究所(RCSC)に開設された「政策デザインラボ」のメンバーでもある、経済産業省の橋本直樹氏が修了したパーソンズ美術大学での学びに焦点を当てたイベントである。同大学を卒業したデザイナーの岩渕正樹氏、経済産業省の羽端大氏と共に、パーソンズ美術大学での研究の紹介や、世界における日本のデザインの立ち位置、政策デザインとして今後の日本での実践についての議論を深めた。
また、本イベントは橋本氏、岩渕氏が2019年12月に設立した「Speculative Futures TOKYO」のキックオフイベントでもあり、国・人種・専門性を超えて学際的に「未来をデザインする」ことを議論・研究するグローバルの非営利組織「Design Futures Initiative(本部:サンフランシスコ)」の東京チャプターとしても開催された。
はじめに、本研究所の専任研究員である山﨑和彦氏から、「政策デザインラボ」の紹介があった。このラボは研究所のテーマの一つである、Designing Japanの一環であり、日本を良くするための政策の提言の必要性と、デザイン政策ではなく「政策デザイン」であることの重要性を語った。
続いて、岩渕正樹氏から参加者に向けてパーソンズ美術大学の概要の説明があった。パーソンズ美術大学は、美術大学の中で世界2位、全米1位の人気を誇る大学であるという。MARC JACOBS、TOM FIORD、Paul Randなどのデザイナーを輩出し、パーソンズを含め8校が傘下に入り、総合大学としてリベラルな環境で、デザイン・アートに加え音楽や人文学など幅広い分野に渡って学びを深めることがこの大学の魅力である。
「Transdisciplinary Design学部の風景 ~2019」橋本直樹氏
次に、橋本直樹氏が「Transdisciplinary Design学部の風景 ~2019」をテーマに、パーソンズ美術大学在学中の研究について、いくつかの事例を交えて語った。橋本氏は、2010年経済産業省に入省後、政策の中にデザインの思考法を取り入れるための研究を目的に、パーソンズ美術大学大学院(Transdisciplinary design)に留学をしたという。
研究にあたり大事にしていたことは、課題を抱えるひとりひとりと向き合うことだったという。がん末期患者と家族への心理的ケアを目的とした医学部生向けの学習キットの作成・研究や、グアテマラ伝統工芸職人の創造力支援を目的とした研究などの事例を紹介した。
また、研究を進める中で行政官が持つ複数の課題が見つかったという。例えば、政府の中にいる人材の研究分野が似ている事による、課題の均質化や課題の本質が見えない事である。また、政策立案のプロセスにおいて、政策をつくる場と政策を自由に語る場の2段階の場を持ち、2つの場を行き来することの必要性について語った。
「Transdisciplinary Design学部の風景 ~2020 and COVID-19」羽端大氏
次に、羽端大氏が「Transdisciplinary Design学部の風景 ~2020 and COVID-19」をテーマにパーソンズ美術大学時代のクラスメイトの研究紹介と、政策についてスペキュラティブデザインのアプローチを用いた研究について語った。羽端氏は今年の5月にパーソンズ美術大学修士課程を修了したばかりで、その研究紹介は最新の研究分野を知る為の良い機会となった。
例えば、アメリカの歴史の中で策定された法律が今の時代において問題を起こしていると仮説し、その法律が策定されていなかったらどの様な社会であったかという研究や、米中問題を題材に多様な視点から見ることの重要性を訴える作品などが紹介された。
研究のアプローチやテーマの設定において重要視されることは、様々な国から来ている学生の個々の興味、文化、コンテクストから、新しい問いを見つけることだったという。
また自身が修了したTransdisciplinary Designの言葉の意味について、常にその考えを更新しているという羽端氏。現段階では、融合・溶け合うという意味をもち、デザイナー、非デザイナーとの関わりによって、新しいアプローチや新しい価値観、新しい問いを生み出していくことではないか、という考えを持っていると語った。
「Design and Technology学部の風景」岩渕正樹氏
次に、岩渕正樹氏が「Design and Technology学部の風景」をテーマにパーソンズ美術大学時代のクラスメイトの作品紹介とスペキュラティブデザインの祖であるDunne&Rabyから学んだ事について語った。岩渕氏はDunne&Rabyに学ぶことを目的にパーソンズ美術大学への留学を決めたという。
スペキュラティブデザインは歴史とともに、その在り方が変化してきているという。始まりである2000年代前半には、技術の進歩によって見えてくる未来を想像し語り合うことを促すことが主流であった。しかし現在では、多くの人が未来を語り始めたことでスペキュラティブデザインの役割は変わってきたとDunne&Rabyは語っているという。
その中で、現代のスペキュラティブデザインとは、想像した未来から、未来の政治、未来の倫理などの人文科学的アプローチで未来の解像度を上げていく、そして新しい問いの発見や、現在の社会の問題との類似点を見つけ現在に活かすことが重要になっているという。その為に、パーソンズ美術大学では個々のインスピレーションを核に、プロダクト、建築、人類学、政治学などの様々なアプローチ方法を持ったクラスメイトと語り合い、個人の課題にフィードバックし作品をつくる授業システムが整っているという。
これを「共創」の次の「共脳」とし、
Aesthetics of Unreality (存在しないものの手ざわり)、
Not here , Not now (ここではなく、いまでもない)、
Show us , Not Tell us (語るのではなく、机に並べる)
の3点を常に意識し研究が行われているという。「ここではなく、いまでもない」ことを想像する力と、その想像を「いま、ここに」接続させる力を持つことの重要性を訴えた。
その中で、アイデアを伝達可能なかたちにするデザイナーの役割の重要性についても語り、現在美大にいる人は自信を持って社会に出て欲しいと呼びかけた。
最後に
3者の話を受け、参加者からの質疑応答の時間が設けられた。政策立案における方法論について知りたいという質問には、自身の研究の例を上げながらも、方法論はないという回答に行き着いた。実践の中で試行錯誤した過程をフィードバックした際に自らの方法論が確立していくこともあれば、新しい問いや課題に対しては既存の方法論が通用しない場面の方が多いと語った。
最後に、武蔵野美術大学専任教授の長谷川敦士氏とソーシャルクリエイティブ研究所の研究員でもある岩嵜博論氏からこの講義についてコメントを貰い、締めの言葉となった。
graphic recording:久々江美都
text:若狭風花