アーカイブ

2021.01.26

「地域価値デザインラボ 第一回勉強会」レポート

武蔵野美術大学と地域活性化センターは、教育・研究、ひとづくり、まちづくり等の分野における連携協力に関する協定に基づき、2020年8月に武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所内に「地域価値デザインラボ」を設立した。

2020年12月23日、ラボの活動の一環として、美術・デザインからの観点による本質的な地域課題、社会課題への取組みの推進を目的とし、地域価値デザインラボ勉強会(オンライン)を実施した。

1回目の勉強会となる今回は、本学の代表的なプロジェクトである「いわむろみらい創生プロジェクト」に参加後、新潟県(岩室温泉)に移住して様々な活動を続ける小倉壮平さん(2006年本学建築学科卒)をゲストに迎え「美大教育のプロセスが活きる、地域づくり実践例」をテーマにお話し頂いた。

 

新しい地域の価値を創造していく

はじめに、造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授の若杉浩一が今回の勉強会の趣旨説明を行った。

最近、地方では本当に人がいない、仕事がないということがベースになり、シャッター商店街とか廃業とか、耕作放棄地とか、様々な問題がたくさん起きている。近代資本と呼ばれる「物的資本」「金融資本」「生命資本」「知的資本」という目に見える資本に向かって全ての仕組みが出来上がってきており、「人・モノ・コト」を経済の軸で見てきたことが東京一極集中につながったと指摘した。一方で、見えない資本である「社会資本」「経験資本」「文化資本」「精神資本」、すなわち「つながり」「コミュニティー」「地域の振興」「文化」「知恵」などは、我々が過去からずっと伝承してきた代物である。これは喜び、幸せ、生きていく本質手段であるが、こういったものが途絶えようとしていると続けた。

様々な地域創生事業に携わってきた若杉は、この喜びの源泉が地域にはたくさんあると話す。

「生きていく上で仕事をしているのですが、みんな喜びを我慢して仕事しているのですよ。そうではなくて、これからは仕事をしながらもう一つの役割を担うということが大事になってくるのではないか。地域には喜びの源泉がたくさんある。そういったものを、新しい価値として創造していくことが必要になるのだろうなと思います」

副業が可能になったこと、就業時間の社会還元、働き方改革、シェア型社会といった世の中の変化を背景に、東京で握りしめている資本を地域に循環させていくことが起こり得るし、今回のコロナ禍でそうに違いないと思い始めた人がたくさんいるはずだと話した。

 

学生時代からの縁で新潟に移住

続いて勉強会のゲストスピーカーである小倉さんにご登場頂いた。

小倉さんは東京に生まれ、2002年に本学に入学。建築学科で学び始めた年に同学科教授の声かけにより、アートサイト岩室温泉のプロジェクトに参加した。このプロジェクトをきっかけに、2010年に新潟県(岩室温泉)に移住。移住後はNPO法人の事務局長として10年間、地域のイベント「いわむロックFESTIVAL」、「あなぐま芸術祭」を行ってきたほか、地域ブランディングや商品開発などを手掛けてきた。途中、NPOに勤めながら、カフェのオーナーやモノづくりの会社の社長などと一緒に起業し、地域のブランディング、農業の関係者との商品作り、企画に携わるなどしている。

小倉さんと岩室温泉を繋いだアートサイト岩室温泉のプロジェクトでは、温泉街にある13つの旅館のパブリックスペースに卒業制作を展示した。小倉さんは当時、作品をコーディネートする学生として、旅館のプロデュースを担当した。藁による巨大なモニュメントで国際的にも話題となっている西蒲区の「わらアートまつり」は、このアートサイトでできた大学と地域の縁から、2005年に始まっている。

その後2006年から2年半の間、「いわむろのみらい」創生プロジェクトに携わった。このプロジェクトは、岩室温泉と大学が共同で取組むアートとデザインによるまちづくりを行ったもので、全学科の学生が地域のコンセプトメイキングから、観光施設の設計、土産物開発、キャラクターデザイン、街路灯のデザインまで、地域の住民らと共同で取り組んだ。その後、小倉さんは地域の人からNPO立ち上げの手伝いを依頼され、再び新潟に通うようになった。そんな中で東京から新潟に移住したという。「アートサイトは2017年まで続いて、当初は一回きりの取り組みが2年に1回のイベントになったこと、また大学と岩室温泉という地域がかなりフラットにいろんな意見を交換できる状態にもっていけたことが成果だったのかなと思います」と小倉さんは振り返る。

 

産学連携の課題

移住後も、地域とあらゆる大学の学生交流の取組みにも関わっている小倉さんだが、産学連携においての課題も指摘する。「一つは連続性や持続性に欠けるというところ。なかなか収益事業として行うことが難しく、学生も進級・卒業して変わっていくので、ノウハウの蓄積が難しいというのは非常に感じる部分であります。それから、成果の質が異なるという点。これもやはり時々に関わった学生の能力によって方向性が変わってきたりしますので、地域側が期待過剰になってしまうと、ちょっとした軋轢を生んだりとか、コミュニケーションの弊害を生んだりとかいうことがあるのです」

また、産学が連携する上で必要な視点は「学生にとって何のために取り組んでいるのか、地域にとって何のためなのかという双方のきちんとした理解」だと話す。「事業成果については、指標にするのが難しいけれど、一つのことがうまくいったということよりも、偶発的な可能性とか、住民たちの生きがいとか、街のにぎわいみたいなものも、成果の一つだと捉えながら、余白を持って取り組むことが大事なのではないかと思っています」

 

恩返しがしたかった

東京から新潟へ移住した小倉さんだが、移住を決めた理由として「恩返しがしたい」という気持ちがあったと話す。心を動かされた出会いになったか、そして関わったことによっていかに自分事にできたかということが決断する上で大きな要素だったという。

「プロジェクトで滞在していたときに、おばあちゃん達が毎朝まかないを作りに来てくれて、おばあちゃん達の若いころの話をしたり、世代を超えているけど横のコミュニケーションがとれたり、旬を感じる手作りの料理のありがたみを改めて知ったということがありました。また、アートサイト岩室温泉で2週間くらい滞在した最後の日に、関わった旅館の人たちが、抱えきれないぐらいのものすごいたくさんのお土産を渡してくれたのです。テレビとかでは、そういう感動シーンみたいなものを見たことはあったのですが、実際に自分がそうなるのだ。この地域って、こういう風に人に対して、「モノ」でということではなくて「気持ち」があるのだっていうことを改めてコミュニティーの中で感じることができたのです。僕が生きてきた世界って何だったのだろう。これまでどういうとこで生きてきたのだろうっていう衝撃が走った経験でした。そういった関係性が「恩返ししたい」っていう気持ちになり、今も持ち続けています」

 

移住のメリット・デメリット

東京から新潟に移り住んで10年が経つ中で、移住のメリットとして「地域の中で関わることのできるエリアが広くて、自分が携わったことの達成感や充実感がすごく大きい。また、自分が何をしなければいけなかったのかが分かり、どういう風に生きていきたかったのかというようなことに対しても、アイデンティティーを持つことができて、すごく大きな自信になっている」と話す。また、地域のトッププレーヤーと割とすぐに繋がれていけることや、共通認識ができると物事が早く動いていくという点、他の場所でできないことがここではできるということもメリットだという。

一方でデメリットとしては「出る杭は打たれる問題」、「年功序列」、「男女格差やモラルの幅」といったことを挙げた。変化への恐れといったものからスピード感がそがれてしまう。これは、情報格差みたいなところでの視点の差異が背景にあるような気もすると指摘する。また、地域の若い人と話していてもバックボーンやしがらみに引っ張られるということが結構あると感じているという。

 

新しい価値観はニーズから広げていく

プレゼン終了後には参加者からいくつかの質問が上がった。その中の一つに「新しい価値観をどんどん入れていくことは大事ですが、簡単ではないですよね。日頃からどのように考えていられるのでしょうか」という質問があった。

これに対し、小倉さんは「新しい価値観、事業といったものは僕が勝手に投げ込むというよりは、地域の中のどこかにニーズがあるというところから広げていくイメージでいつもいます」と答える。「団体や企業の場合もあれば、個人ベースでも『この人がこういうことを今度やりたいと思っているから』と事業を持っていくことが多かったりします」ニーズを持った人たちと繋がっていくということと、そのニーズをどのタイミングで聞き出していくかということが大事だと話し、勉強会は終了した。


text : 伊藤 千佳

関連ページ

地域価値デザインラボ
トークセッション「地域の未来と美術の力」レポート