2020.09.30
「未来を作るクリエイティブ・スタートアップ(オンライン)」イベントレポート
2020年8月7日、「武蔵野美術大学公開講座2020: 未来を作るクリエイティブ・スタートアップ(オンライン)」が行われた。現在、新規ビジネスのスタートアップ、社会問題解決型のスタートアップ、企業内でのスタートアップなど多様なスタートアップの形が生まれる中、スタートアップにおけるデザインやアートの重要性が⾼まっている。
今回の公開講座では「未来を作るクリエイティブ・スタートアップ」をテーマとして、クリエイティブ・スタートアップを実践している人達に話題提供をしていただいた。
また、今回の参加者の多くは学生であり、約150人の学生からの申し込みがあり、働くということの多様性に関心があることが伺える。
「アート&デザインからワクワクするヘルスケアをつくろう」 丸山亜由美氏
はじめに、トリプル・リガーズ合同会社代表である丸山亜由美氏から、会社の設立から事業をどのように軌道に乗せていったのか。また、医療の現場にワクワクという価値が必要だと感じた経緯や、丸山氏がつくる作品の事例を通してビジネスにする上で大切にしていることについてお話があった。
丸山氏は、大学卒業後に医療機器の営業の職に就いていたという。従来、医療機器に求められていたものは、価格やスペックであったが、ある時、医療機器を設置する研究室の空間を演出するという+αを兼ね備えた機器の販売に携わった。
医療機器が使用中に7色に光るというもので、価格やスペックではない、これで実験したら楽しい!ということを売りに営業した経験から、これからの医療やヘルスケアの現場の価値になるのは、ワクワクするような体験なのではないかと考えたことが、トリプル・リガーズの設立のきっかけになったという。
人が作ったものを売る営業職をする中で、自分でつくったものを、自分で売れるようになりたいと考えるようになり、退職し武蔵野美術大学の基礎デザイン学科に入学した丸山氏。
大学卒業後にトリプル・リガーズを立ち上げ、ヘルスケアの領域に特化したデザイン会社として、現在2期目にも関わらず、経済産業省やM S&A D、Yakult、など多数の企業からの仕事をうけている。
LifeLogアプリ(日常生活の歩数、食事、睡眠などの記録をつけて健康管理に役立てるアプリ)のインターフェイスデザインを主な事業とし、ヘルスケアに関連したプロジェクトのロゴデザイン作成などに携わり、デザインの力で医療・ヘルスケアが持つ堅いイメージを払拭し、ワクワクや美しさを体感できることを大切に仕事をしているという。
仲間を増やす
現在では多くの企業からの依頼を請けているトリプル・リガーズだが、設立当初は月商8万という期間もあったという。会社を作らない方が良かったのでは?と考えたこともあったというが、そこからどのように仲間を増やしていったのか。
丸山氏は起業のために、ビジネスコンテストやアクセラレーションプログラムに参加したという。その中でも、makers university(ETIC)、100BANCH(Panasonic)、Tokyo Startup Gateway(東京都)、ヘルスケアビジネスコンテスト(経産省)の4つを最大限に生かしながら活動したという。また、参加することで仲間が増えていくことを実感し、受賞することで、コンテスト主催者側が、自分のP Rを代わりにしてくれる役割を果たしてくれることもあり、そこから仕事が徐々に軌道に乗ってきたという。
起業において重要なチームづくりについても貴重な意見を頂いた。トリプル・リガーズの登記上の社員は丸山氏の一人だけだというが、システム開発や企画営業、コンサルタントなどの役割を持ったチームメイトを社外に持っているという。会社を作るというと、多くの人を雇わないといけないようなイメージがあった。しかし、一人でも起業できると知ると、例えば、美術大学の中にいるアーティストがひとりで起業することも可能なのだという気づきを得ることができた。
自らの経験からはじまった活動
丸山氏は会社の収益とは別に、糖尿病をテーマにボランティア活動の企画をしている。学生時代に糖尿病を患ったことをきっかけに、同じように糖尿病になる人を減らせたらいいなという思いから、アートとデザインを用いた啓蒙活動を行なっている。ここでも、医療がもつ堅いイメージを覆す、ワクワクや美しさを手にとった人が感じられることを大切にしていることが伺える。
例えば、唾液の中から血糖値を検出し、さらにその状態を数値ではなく色のグラデーションで知らせてくれるキットの作成である。この作品では、血糖値のデータの測定をより簡単にし、医療データを美しくみせる事に挑戦している。その為に共同研究してくれる会社を探し回り、現在はprovigateという会社の中で週に一回研究をしながら、商品開発に携わっているという。
これらの経験から、自分で会社を作ったからといって自分の会社だけやらなきゃいけないわけではなく、他の会社にどんどん入っていくこともできる。起業家というのは自由で、やってみると楽しいことも沢山ある。だからこそ起業する仲間が増えたらいいなと、参加者に語りかけた。
どのようにビジネスを作っていくのか
丸山氏が事業をつくる上で大切にしている、4つのテーマがある。
①原体験や情熱
②独自の世界観
③世間のバイアス
④時流や社会のニーズ
その中でも、世の中の常識や誤解をビジネスに応用したことが、トリプルリガーズが軌道に乗った1つの要因だという。医療のデータというのは、お堅いイメージがあるが、それを綺麗に、楽しく、ワクワクという文脈を持っているからこそ、仕事の声がかかると感じているという。
また、ターゲットとモノを決めてビジネスに取り掛かるのが普通だが、更に裾野を広げて考えることも重要だという。糖尿病というテーマは、ターゲットが病人になってしまうが、アートやデザインだと考えると、関心がない人がどうやったら、こちらに向いてくれるかと考えることにも繋がる。
また、ドイツへの留学時代に学んだ4つのことを今も大切にしている。
・課題の明確化
・関連課題にも目を向ける
・手に負えない課題の断捨離
・命題を立てる
4つの中で難しいのは、3つ目の課題の断捨離だという。自分のやりたいことでも、技術や知識が無くできないのならバッサリと切り捨てる選択をするのだ。もちろん、やめるわけではなく、他者に委ねるという選択をとることもあるという。
話の最後に丸山氏は今後の計画についても語ってくれた。
現在、トリプル・リガーズは受託ビジネスがメインになっているが、将来的には自らのプロダクトを作ることを目標にしているという。そのために、イタリアの食科学大学で3つ目の学位を取り、オリジナルのサービスやプロダクトを作る未来を見据えている。丸山さんにとって、大学は自らの価値観をアップデートする場であり、1つの大学だけではなく、2つ3つの大学にいくという選択肢を持つ人が増えると良いと考えているという。
「iから生まれる問いをすべての10代に〜クリエイティブ・スタートアップの実践〜」小川悠氏
次に、一般社団法人iclubの代表理事である、小川悠さんから教育の現場でイノベーションを起こすというスタートアップについて話を聞いた。小川氏は、起業から現在9年目を迎え、8年間で全国15の地域で教育を展開し、中学生・高校生合わせて3,000名以上の学生とプロジェクトを行なってきたという。
i.clubでは、学校の現場に実際に入り、先生と一緒にこれからの新しい教育を作っている。10代(中学生・高校生)が地域のひと・もの・ことのイノベーションに挑むプロジェクトをデザインし、アイデアで終わらせず実際に形にしていくというプログラムをビジネスにしている。
起業のきっかけは2011年の東日本大震災
震災が起きたことをきっかけに、宮城県気仙沼を訪れたことで、自らが地域について何も知らなかったことを実感したという小川氏。当時の社会では地方創生という言葉はまだ一般的ではなく、それでも地方では人口減少を心配する声が上がっていた。
若者が地域から離れてしまう原因は、決してその地元が嫌いだからではないと考えた小川氏は、問題の根元は大きく3つあると考えた。
- 地元の魅力を理解する機会がない
- 同世代や世代の枠を超えたつながりをもつ機会がない
- イノベーションを学び、挑む機会がない
この3つの問題を解決するために、地元にいる間に、地元の魅力を知る機会をもつ、世代を超えた繋がりをもつ、イノベーションを学び挑む機会を10代のために作りたいと考えたことがi.club創業のきっかけだと語った。
イノベーション教育の普及
教育業界でのスタートアップを仕掛ける立場として目指すものは、イノベーション教育の普及だという。
新しいアイデアを生み、イノベーションに挑むことをセンスや才能だと捉えている人がいる。小川氏もそのひとりだったという。しかし、小川氏自身がイノベーション教育を受けたことで、イノベーションを起こすことは、センスや才能ではなく、作法を学ぶことで誰もが実践することができると知ったのである。
i.clubでは、自分の旗を持ち(自分の好きを持つ)新しい場所に旗を立てる力(自分が「イノベーション」を創造できる力)を持ち、誰もが旗を立てられる社会をビジョンとして掲げている。
そのために、「i」から生まれる問いをすべての10代に実践していくことをミッションとしている。ここでの「i」とは、自分でありinnovationという意味を持ち、そこから生まれる問いを見つけ、問いを深めることを大切にしている。
イノベーション→他者理解→自己理解→自己変容のループを生み出す
10代が未来にどんな自分になっていたいか考える時、現在の教育では、学生に自己理解を求めている。しかし、10代では何が好きで何が得意かという自己理解を深めるのは無理があると小川氏は考える。
そこでi.clubでは、まずは誰かのための価値創造(イノベーション)を考えてみるのだという。そうすることで、世の中にはこんな人がいるんだという他者理解を自然と行うことになる。すると、じゃあ自分って何者なんだろうという自己理解に進み、自分がどうなっていたいかという自己変容に辿り着く。価値創造(イノベーション)から始まり他者理解・自己理解・自己変容、この4つが10代の中でぐるぐると回りだし、世の中に価値創造をしながらも自分の未来を考えることができる教育を実践しているのだ。
i.clubが宮城の高校生と生み出した商品がある。「なまり節ラー油」である。宮城県の高校生が地元の特産品の中からなまり節に着目し、商品開発までを共に手掛け販売している。他には、茨城県の高校生と柚子胡椒ならぬ「梅こしょう」という商品開発もしている。
地元の魅力に気づいていない高校生が現地の人やモノ、コトを考え、「これ面白いよ」と言って何かを持ってくる行為が「問いを見つける」ということであり、商品開発をすることでその「問いを深める」ことができる。この流れをi.clubでは大切にしている。
地元の魅力を理解できず、仕事を求めて都会に出て行ってしまう若者が、このプログラムを受講することで、地元の魅力を知るだけでなく、地元で仕事を生み出すという選択肢があることにも気づくことができるというのは、10代にとって価値観を変える様な経験になるだろうと感じた。
ウィズコロナの時代に向けて
i.club設立のきっかけが東日本大震災だったこともあり、今起きている新型コロナウイルスという禍の中で、教育の在り方を考え直しているという小川氏。
今のコロナウイルスの影響で、多くの子供たちが居住地によって学びの機会に差があることが浮き彫りになってきた。そこで、居住地や家庭環境に左右されない教育の機会を作っていくことに挑戦しているという。
そこで、i.clubで行ってきたプログラムを全てオンラインでやるにはどうすれば良いか考えているという。大切なのは、オンラインがオフラインの代替にならず、オンラインだからできる教育を作り出していくことだと語った。これまでのプロジェクトでは、地域と地域が繋がることはできなかった、しかしオンラインであれば遠く離れた地域の高校生が共に「問いを見つけ、問いを深める」ことができると考えているという。
イノベーションとは未来を作るアイデアである
最後に、イノベーションとスタートアップの関係性について、スタートアップが新しい価値の創出であると定義づけるならば、イノベーションを起こすことをしなければいけないと語った。イノベーションとは、今までの価値観・行動・習慣を新しいものに変えるアイデアであり、さらには、普及させ未来をつくることであると語る。つまり、提案で終わらずに実行することに意味があると常に10代に教えているという。
小川氏は「セカイを変える。ジブンが変わる。」というキャッチコピーを常に持って活動している。イノベーションにより自身の手で、新しい世界観・未来をつくることによって、他者理解が生まれ、自分への理解も深まり、こうしたい!と思える様になってくると考えている。だからこそ、自分は何が好きか分からない、何がしたいのか分からないという人にこそ、イノベーションに挑戦して欲しい、もしくは、イノベーションに挑戦している人の世界に飛び込んでみてほしいと語りかけた。
「現代美術作家が起業に至るまで」戸井田雄氏
次に、武蔵野美術大学の建築学科を卒業し現代美術作家としての活動を経て、現在は混流温泉株式会社の代表取締役をしている戸井田雄さんに、美術作家が起業をすることになった経緯や活動について伺った。
元々は現代美術作家として、鳥取県の人が来なくなった商店街での作品展示や、愛知トリエンナーレや神戸ビエンナーレで作品を発表していた。そこでは、何もない、そこにない、という様な存在の否定を表現する作品を作っていたという。
では、なぜ現代美術の作家が起業をするに至ったのだろうか?
美術作家としての活動をしていた2016年にその転機が訪れたという。2016年に参加した持続可能なアートプロジェクトの実施のために、その一環として、「なんとなく」「とりあえず法人化してみる」という経緯で起業したという。
作家として活動し数々のアートイベントに参加している中で、戸井田さんはお金の流れに関する気持ち悪さ・違和感を感じていたという。また、地方でのアートイベント開催時の予算はその自治体の地方創生・地域活性のための予算から運営をされている。しかし、作家であった戸井田さん自身は地域をなんとかしたいと考えてはいなかったという。そこで、地域というものを自分の目でしっかりと見てみようと思い2012年に静岡県熱海市への移住を決めた。
移住をきっかけに、はじめて自身が主催のアートイベント「第一回 混流温泉文化祭」を開催した。アート×3温泉×滞在制作をテーマに、アーティストが一時的にでも地域に移住し作品制作を行うことで、地域同士が結ばれることも意味がある事だと気づいたという。そして、アーティストは移動しながら作品を制作するだけで意味を生むことができる事に、可能性を感じた。
熱海での活動が評価され、2015年に株式会社machimoriのゲストハウスMARUYAのプロジェクトメンバーとして参加をすることになったという。これをきっかけに、どんどんとスタートアップと関わることになっていく。
現代美術作家がスタートアップに入って起きる事
株式会社machimoriのメンバーとしてスタートアップに入った戸井田さんは、いくつかのギャップを感じたという。その中でも困ったのは、「会話が成立しない」ということであった。
作家活動では使わないビジネス用語が飛び交う会議中は、単語の意味を調べる事に必死だったという。また、アーティストとして使う単語と一般の人が使う単語のニュアンスの違い(例えば、コンセプトや美しいといった言葉)が、話を進めていくと大きな違いになってしまい、最終的なイメージに差が生まれてしまう事があったという。
また、アーティストとして、説明できないがたどり着きたい理想、があり提案をするが、夢物語の様に扱われてしまいアイデアを出す前段階で、会話が成り立たないという経験もあったという。
会話が成立しない事で会議に時間がかかっていた。しかし、今振り返ると会議に時間がかかってしまった事も、逆に時間をかけて内容を練る事ができるというメリットを持っていたという。
スタートアップに入って気づけた事
- ビジネスは敵じゃない
アーティスト活動をしていると消費社会に対する抵抗を感じていて、それがビジネスへの嫌悪感にもなっていたが、目的次第ではビジネスはいい事なんだと気づいた。
- ソーシャルベンチャーと呼ばれる領域の人は、ほぼアーティスト
イメージ先行、実現したい未来のために動いている人々。アウトプットが立体物や絵画ではなくビジネスだというだけで、近い考え方を持っているのだと気づいた。
- 世の中にはお金は沢山ある
美術作家をやっているとお金がない事が当たり前だったが、アートの中の地域にお金が行っていないだけで、こだわらなければお金は意外生まれると気づけた。
これらの経験を経て、従来の補助金申請を得ることでしかアートプロジェクトが実施できない不健全なお金の流れを変えるために、持続可能なアートプロジェクト実施のための方法として混流温泉株式会社の設立に至るのであった。
始めにも言った様に、継続するなら事業じゃない?→事業やるなら株式会社じゃない?、会社を作ると覚悟が決まって頑張れるって聞いたから、とりあえず作ってから考えればいいんじゃない?という「何となく」で、「とりあえず法人化」をしたといい、起業へのハードルを全く感じていなかったという。
混流温泉株式会社を作って起きたこと
失敗① 株式会社にした事で、文化系の細かい補助金が取りづらくなった
失敗② アートプロジェクトを行う分には、別に株式会社にするメリットはなかった
失敗③ 名前と業態が一致せず、冷静になると若干いかがわしさのある名前だった
会社を設立した当初は、失敗したと感じることが多く、いつ会社をたたもうかと考えていた。しかし、2年ほど続けていく中で少しづつ変化があったという。
2018年ごろからの変化
変化① 株式会社にした事で、街の商工会議所や青年会議所に所属するようになり、街に入れるようになった。
変化② 会社が少し回ると、それまで入場料しかもらえないと思っていたアートプロジェクトもやり方を変えることができると、俯瞰的に見え始めた。
変化③ 名前がおかしいので、少しくらい変なことをしても大丈夫になり始めた(と思っている)
設立当初には、失敗だったと思っていたことが、事業が回り始めるとポジティブな面を持ち始めてくるというのは、諦めずに続けた人にしか分からないことだろう。
クリエイティブとスタートアップ
アーティストとスタートアップを経験した戸井田さんは、やっている事はそんなに変わらないと感じているという。クリエイティブとは、自分の今までの経験・体験を一つの形に向けて紡ぐ行為だとすると、良いもの・サービスが作れれば、それまでの失敗や経験が全て正当化される。だからこそ、いくらでも挑戦が出来るし、挑戦のしがいがあると感じている。止まる事がなければ負けないんだという想いと、想像するワクワクや楽しさを感じたいから、今もクリエイティブの世界に居続けていると語った。
「生き生きと(vi-)した暮らしを自分自身でつくる(-build)」秋吉浩気氏
最後の登壇者は、VUILD株式会社の代表取締役を務める秋吉浩気さん。建築家という作家活動とスタートアップの2つの活動をしている。大学では建築とデジタルファブリケーションの研究をし、卒業後にVUILD株式会社を設立した経歴を持つ。現在、VUILDは4期目を迎え、under 35 Architects exhibition Gold Medalの受賞などの実績を持っている。
なぜ自分で考えた事が実現できる社会ではないのか?
VUILDが主に扱うのは、木工用のデジタルファブリケーションマシンを使ったサービスである。従来であれば、3,000万円かかる機械が500万円で手に入ることで、地域の人々の活用が可能になった。地域の木材を使い、作りたい物を作れるサービスを提供する事で「生き生きと(vi-)した暮らしを自分自身でつくる(-build)」ことを目標としている。
サービスを生み出すきっかけになったのは、「なぜ自分で考えた事が実現できる社会ではないのか?」という問いであった。社会的分業の影響により現代人は、自分で考えたものを、自分で作る事ができなくなっている。また、サプライチェーンの複雑化により、分業化された仕事はその仕事しかできず、例えば製造の人間は前後にある素材作りや販売をする事ができなくなっている。これらが、秋吉氏が実現したい「生き生きと(vi-)した暮らしを自分自身でつくる(-build)」というビジョンを阻害するいちばんの原因であると捉え、その解決に挑んでいる。
そこで、VUILDとして行っているのは、以下の3つの事業である。
- 加工機械をインフラとして全国に提供するハードウェアの販売(shopbot japan)
- 一級建築士としてこの機械を使ったものづくりのユースケースの提案(VUILD ARCHITECTS)
- ものづくりの能力やデジタルリテラシーのない人でも、デザインを考え実現できるソフトウェアの開発(EMARF)
SHOPBOTは、素材生産者である林業に携わる人が抱えている、サプライチェーンの上流にいる事業には利益が数%しか入らないという問題を解決している。SHOPBOTを使用することで、林業の人は材木をダイレクトにプロダクト製品として出力する事が可能になり、消費者には高品質でオリジナルな製品を安価に手に入れる事ができる。そうする事で、中央集約型の大量生産から、地域分散型の個別生産を可能にしている。
EMARFは、加工機があっても、デザインし製造に至るまでには専門的な知識がないと実現できないという問題を解決するために作られたサービスである。建築の分野では専門性が重視される分業が行われ、設計図を引く事や、CADなどのソフトを使用する事で、時代を経る事にそのプロセスは冗長になっていた。そこで、EMARFを使う事で、構想→(EMARF)→加工→組み立てという簡単なプロセスでのものづくりが実現している。
建築家とスタートアップの2つを行き来する
SHOPBOTとEMARFの事業だけでも、サービスが成り立っているように感じるが、なぜ建築家としての活動を続けているのだろう。
それは、新しい技術や新しいサービスを出したときに、これをどう使うかという創造性が必要だと考えているからだという。創造力が欠如した状態のことを、映画スタートレックから引用し「アールグレイ症候群」と呼んでいる。文化というのは新しい道具を生み出しても発展しないという。この道具をどう使おうかという創造性により文化が生まれてくる。
そこで、SHOPBOTを使い、デジタルアーキテクトの特徴を活かした作品づくりや、子供向けに、デザインから組み立てまでを行う公共施設の椅子を作るワークショップなどを手掛けている。
また、中山間山地の村が抱える、人口の過疎化や林業をする人がいないという問題を逆手に取り、広いスペースとタダ同然で手に入る質の良い木材を使用して住居を作り、費用が掛からず理想の住まいを建てることができるということを実践している。
また、建築家とスタートアップの2つのことをやる意味は、2つのことを行き来することの重要性に気づいているからだという。
秋吉氏は片方の価値に毒されたくないと語った。
作家をやっていると業界の構造的課題が見えてくる、それをサービスとしてスタートアップで乗り越えていくこともできるという、2つの間を行き来することで、サービス供給者としてだけでなく、サービスの利用者として自分ごと化して語ることができる。
また設計者と施工者の両方をやる人間として、0→1の間を行き来することを大切にしていると語った。
スタートアップを始めるために必要な4枚のプレゼン資料
最後に、秋吉氏がスタートアップをはじめるまでの経緯を語ってくれた。
秋吉氏は大学卒業後には就職という選択をしなかった。加工機を使ってなんでも作れますよ、という強みを活かし仕事を探していたという。そんなとき、知人から子供のための遊具を作って欲しいという案件が舞い込み、子供が欲しいと思うモノのスケッチを、加工機を使ってそのまま作るというワークショップをしたという。これが秋吉氏のキャリアのスタート地点であった。
その後、いくつかの仕事が舞い込むようになっている中で「Slush Tokyo」というスタートアップイベントに参加したという。スタートアップの知識がなく、作品とやっていることについて会場で発表をした秋吉氏は、ビジネスモデルや市場について審査員に聞かれ「ビジネスモデルってなんだよ…」という具合で、うまく答えられず悔しさを残して終わったという。そして、2年後にリベンジした際、孫泰造氏からスタートアップとして事業を始めることを勧められ起業に向けて走り出したという。
創業期には孫泰造氏との半年間の壁打ちが行われたという。そこでは「事業計画やロードマップはいらない、大事なのは4枚くらいのビジョンとどうやるのかだけを徹底的に詰めろ」という言葉だったという。
その時に書いた4枚のプレゼン資料のビジョンは、今になっても変わっていないという。創業期にビジョンを固めていくという作業を半年間したことが、如何に大切だったかということを今も実感しているという。
ディスカッション
ディスカッションでは、株式会社HERT CATCHの西村真里子氏と、おせっかい社かけるの渡邊賢太郎氏を交え、参加者からの質問やコメントを受けて話をした。
まず、山﨑先生から秋吉氏に向けて大学院卒業後に何をしていたのかという質問があった。
秋吉氏は大学院卒業後、4月5月は収入がゼロだったという。加工機を使った仕事は、下請けの下請けという立場から始まり、退路を断つことも重要だと語った。食べることさえ出来ればいいと思って、やってみるしかない!というスタンスでいたという。また、大学院での研究から、「生み出すことができる力」を持っていることが当時の自信に繋がっていたという。自分の持っている力で、社会に意味を提言できるという自信が大切だと語った。
また、「生み出すことができる力」に関係して、戸井田さんは、何かを作れる、細くても道を作れる、といったことは最低限の自分らしさの担保になってくれると語った。また、独自性やオリジナリティーを探す時間は今の時代は無駄だという。やりたいことをやっていると、どんどんと独自になっていくものだと参加者に語った。
丸山さんからは、好きなことを選ぶことの重要性を参加者の学生に語りかけた。アートでもデザインでも、自分はここが好きということを見つけて、やることが大事だと語った。また、丸山さんは事業を進める上で「課題の断捨離」が大切だと語ってくれた。しかし、課題の断捨離は簡単ではなく、「未練が残るときはどうするのか?」という質問があった。
丸山氏自身も未練が残っていることがあるという。起業していちばんの後悔は、自分の手で血糖値を測定するデバイスを世の中に出せなかったことだという。
しかし、自分でどう頑張ってもできないことがある。自分の強み、自分はこれだったらいちばんになれるかもしれないという事に絞る事で、バッサリと切り捨てることが出来る。これだけは負けないぞという部分を知ることが「課題の断捨離」のコツだとアドバイスをした。
小川さんには「反対意見があるからこそ面白いと強く信じるのは簡単な事ではないと伺えるが、そこに至るまでのエピソードなどありますか?」という質問があった。
これは、商品開発をする中で10代からもよくある質問だという。そんなとき小川氏はいつも、「自転車に乗れるよね?」という話をするという。自転車に乗るには参考書やYoutubeを見ても乗れるようにはならない。まず、乗ってみなければいけない。乗ってみる事で、楽しさがわかるようになる。これは、プロジェクトやビジネスにおいても同様で、自分の決めた事をトコトンやり抜くことが大事であり、若い時にこそ色々なことにチャレンジして欲しいと語った。
渡邊氏は、革命を再発明するタイミングに社会が来ているという。社会の基盤になっている思想やルールに、問いを立てられて、なんとかできないかと考えることができる人をまずは集める事をテーマにしている。今回の登壇者はまさに、問いを立てて探究し続けている人である。美大生はそういったことをできる人の集まりだと思うと語る。自分が価値があると思う事に対して、ずっとシャドーボクシングができる素養を美大生は持っていると感じているという。
西村氏からは、誰かが決めたフィールドではなく、自分たちで面白いと思うステージを作っていくのがこれからの生き方だという話があった。今は、面白いと思った人間が集まって、いろんな場所にステージを作ることが許される社会になってきている。就職をするという選択肢だけではなく、自ら選択肢を広げることが出来るし、そうした方がいいと語った。
まとめ
今回のイベントには、武蔵野美術大学の学生を含め約150人の学生がスタートアップ に興味を持ち参加をしてくれた。美術大学にいると、作家になるか就職をするかという2つの選択肢に迫られる事がある。しかし、今回の登壇者の方々の話を伺って作家という道を選んだ後にも起業という選択肢が待っているかもしれないし、思い切りがあれば卒業後に起業をするという選択肢もあるのだと、ビジネスに苦手意識のある美大生の励みになったのではないだろうか。スタートアップをするにあたり、お金・人・独自性などの不安を誰もが抱えてしまうと思う。しかし、今回の登壇者のたくましすぎる話を聞くと、考えているだけでは何も始まらない、やってみるしかないのだと背中を押してもらったように感じた。今回の話を聞いて、表現したい事で生きていく手段のひとつとして、スタートアップという選択をする学生が増えるといいなと感じた。
graphic recording:久々江美都
text:若狭風花
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「就職ではない選択肢をもつ!」「ムサビから起業家を生み出す!」
武蔵野美術大学の学部生・大学院生を対象にした、自分のビジョンを実現したい学生のためのスタートアッププログラムです。
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