2020.09.16
トークセッション「地域の未来と美術の力」レポート
2020年8月3日、武蔵野美術大学と一般財団法人地域活性化センターが連携協力に関する協定をむすんだ。協定式のあとには、記念イベントとしてトークセッションを開催。「地域の未来と美術の力」をテーマに、美術やデザインと地域活性化のつながりについて探った。
見えるデザイン、見えてないデザイン
「MUJIcom 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス」からオンライン配信された今回のトークセッション。長澤忠徳(武蔵野美術大学 学長)、若杉浩一(武蔵野美術大学 造形構想学部クリエイティブイノベーション学科教授)、椎川忍(地域活性化センター 理事長)が登壇し、井口博美(武蔵野美術大学 ソーシャルクリエイティブ研究所 所長)がモデレーターを務めた。
まずは、協定締結にいたった経緯を若杉が語る。
ムサビは1929年の設立当時から、単なる造形教育ではなく、社会に対して人との関係がどうあるべきかを説いていた。これからの時代のデザインに美術教育がどのように挑んでいくのかを考えるうえで、“見えるデザインと見えてないデザイン”がキーになるという。
「我々は、建築、空間、プロダクト、工芸、グラフィック、サービスなど、“見えるもの”を対象としてデザインや芸術というものをやってきました。これから求められていくのは、そういった経済を担うデザインではなく、言わば幸せを担うデザイン。たとえば地域のコミュニティデザインといった、人や暮らしや学びに関わる“見えないもの”のデザインです」
それを社会で実践していくためにつくられたのが、造形構想学部のソーシャルクリエイティブ研究所だ。協創スタジオ「MUJIcom 武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパス」を拠点に、企業や自治体との実験的なプロジェクトを通して社会実装を目指している。
今回の協定にもとづき、ソーシャルクリエイティブ研究所内に「地域価値デザインラボ」を設置。自治体や教育機関、企業とつながりながら、地域の仕事づくり、人づくり、コトづくりに取り組んでいく。
若杉はこれまでに、はこだて未来大学や、美術大学のない宮崎県の高校や大学で、デザインの広がりを学ぶプロジェクトに取り組んできた。それらを通して感じたのは、地方では地域コミュニティが希薄になっているということ。
若杉は「地域から人と金が流出していき、疲弊していく。果たしてこれが幸せなんだろうかと感じます」と話す。
「今は地域のコミュニティ生産とコミュニティ再生をセットで進め、人材を流通させていくことが求められる時代になっています。そこに必要な新しい社会インフラは“学び”なのではないでしょうか。地域活性化センターとの連携を通して、全国に新しい学び舎をつくっていけたらと妄想しています」
消えゆく“幸せの源泉”を再生する
続いてのトークテーマは、美術・デザインと地域活性化の関わりについて。長澤は「美術大学はイーゼルを立てて絵を描いているというイメージが強いかもしれないけど、それは誤解なんです」と切り出した。
「実はそこで鍛えられている力がある。社会では言語のリテラシーを獲得していくことが良しとされていますが、美術大学では造形のリテラシーを中心に学んでいます。イノベーションを起こそうとするときには、いくら理屈がしっかりしていても、実現できなきゃ意味がない。頭を言語と非言語のハイブリッドにする必要があって、それには造形教育が非常に有効なんです」
一方、椎川氏は、地域活性化センターでの人材育成について「新しい発想は偶発的な出会いや雑談から生まれる」と語る。
「それを地方自治体の若い職員にも体感してもらいたいけれど、狭い地域社会にとどまっているとなかなかできない。だから、地域活性化センターに来てもらってさまざまな人と知り合い、アクティブラーニングで学び取って、自分とは違う分野のものと結合してイノベーションが起こることを期待しています」
かつては人口が増え、所得が伸びると地域が活性化するという考え方があったが、今は人口が減少し、所得は伸びない成熟社会。椎川氏は、人々が地域活性化をしようとするのは幸せになりたいという想いからだと言う。同じ人口や所得水準で幸せになれる地域とそうでない地域がある。だから幸せになれる地域社会をつくるための人材育成が必要であり、そこで、これからのまちづくりでは、デザイン思考やアートのようなものが重要な役割を果たすと話した。
また、「人口やGDPからしても、日本は幸せになれる土壌が充分ある」と椎川氏。日本には昔から素晴らしい文化やものづくりがあり、これからは日本的な在り方が世界の規範になると考えていると言う。明治維新をきっかけにした西洋化が現在にいたるまで進み、失われつつある文化も多いなか、地方にはそれがまだ残っている。椎川氏は、それを再生できるようなプロジェクトや人材育成に取り組んでいきたいと続けた。
ライフワーク的に地域でのプロジェクトを続けてきた若杉は、「椎川さんがおっしゃるように、地域には幸せの源泉がたくさん潜んでいて、人情も、ものづくりの末端もある」と話す。
「そういう大切なものが、高度な経済、あるいは資本主義、消費社会のなかでかき消されようとしている。なぜかというと、それが正しいのだと、生きていく術なのだと教えられてきたからです。だけど本当はそうじゃないし、若い世代はそれに気づき始めていると思いますよ。抱いた違和感に対し、デザインを通してそれはこうじゃないですかと提案したりして、社会を変えていくようなことが、めくるめく起こっていくと思います」
美大は心の音を発揮できる場所
「最近、高校で探求型、課題解決型の授業が増えている」と井口。ここで話題にあがったのは、長澤が1994年に立ち上げ、現在も続く「全国高等学校デザイン選手権大会」だ。コンペティションでありながら課題を出さないという特徴について長澤が語る。
「コンペというのは、普通、出された課題に対して解決策を提案するものです。でもその課題って、出題者が抱えているものですよね。だったら課題から発見してもらおうじゃないかと。高度経済成長のなかで、大人が一番子ども扱いしながら押さえ込んできたのは高校生です。勉強して得たけれど受験でしか使うことがない知識を、どこかで発露できる機会があったらいいなと思ったのがきっかけでした」
印象的な事例として、クレヨンには「はだいろ」があるが、世界の人々の肌はさまざまであることを投げかけた提案を挙げた長澤。「高校生が日常で疑問に思うことって、案外、社会が蓋をしてきた問題だったりします。廃品回収やゴミの問題、SNSの問題も、彼らは全部見てるんですよ。でも、大人が聞いてあげる機会がなかった。だから出てこなかっただけなんです」と話した。
これに対し、「時間をかけないと見えてこないものはたくさんある。特に、地域の問題はすぐに答えが出ませんよね。そのことを理解して高校生たちにもチャンスを与え、彼らの声を生かしていくのはすごく重要」と若杉。椎川氏は、そういった感覚を持つ人が、役所の人事課長や総務部長になれば、地域はガラリと変わっていくだろうと話した。
続いて、井口から若者に対しての期待について聞かれた長澤。
「美術大学はいわゆる大学ランキングから外されるし、変わった奴らだと思われている。でも、それは僕らの特権。今こそ世の中に存在感を発揮するときだと思いますよ。
美大の学生のほとんどは、親から反対されて、それでも頑張って入学してきた子たちです。そこには明らかに意志がある。意志という字は心の音と書きますが、音を外に出すために、作品を作ったり舞踊を踊ったりする。それがまさに“表に現れる”こと、つまり表現なんです」
さらに長澤は、市ヶ谷キャンパスの大学院造形構想研究科の学生は、半数以上が社会人であることに言及。「明らかに心の音が鳴っていて、でもどうしていいかわからないからここへ来た人が多いと思うんです。ここには、そういう人の応援団がたくさんいる。市ヶ谷キャンパスでやるべきは、今まで思い込んできたルールの先へ、いかにして進むかを考える取り組みです」と語った。
最後に、この日初めて美術大学を訪れた椎川氏に対して印象を尋ねた井口。椎川氏は「大学のイメージとかけ離れた場所です」と笑い、こう続けた。
「我々は文科系を出ているものですから、やはりまったく違う雰囲気ですね。こういう場所に公務員の人たちが触れたり、一緒に課題解決について語り合ったりすることで、イノベーションが起こっていくんだろうなと実感しています」
text:平林理奈(D-LAND)
photo:いしかわみちこ