2025.07.09
「Convivial Design Forum: 2025 Spring Session -弱さがつくる未来-」イベントレポート
2025年5月23日に、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスにて、武蔵野美術大学(MAU)と日本総合研究所(JRI)の共催による「Convivial Design Forum: 2025 Spring Session -弱さがつくる未来-」が開催されました。2022年11月に両者の共同研究拠点「自律協生スタジオ」が開設してから2年半。これまでの成果を振り返り、今後取り組んでいく方向性も見えた、貴重な機会となりました。
冒頭、武蔵野美術大学造形構想学部の井口博美学部長より、同校が市ヶ谷にキャンパスを構えた経緯やJRIとの共同研究の経緯などについてお話があり、その後、プログラムに沿ってセッションが進行しました。
美大とシンクタンクの協働で生まれたもの
2029年に創立100周年を迎える武蔵野美術大学は、2019年に新たな研究拠点として市ヶ谷にキャンパスを構え、社会問題の解決や新たな人類価値の創出を目的としてソーシャルクリエイティブ研究所を開設しました。一方の日本総合研究所は、シンクタンク・コンサルティング・ITソリューションの3つの機能を有する総合情報サービス企業であり、「新たな顧客価値の共創」を基本理念とし、課題の発見、問題解決のための具体的な提案およびその実行支援を行っていますが、近年はVUCAの時代と言われるようになるなかで、複雑化する課題を本当の意味で解決するにはデザインやクリエイティブの力が必要、アートとデザインをもっと社会に開いていこう、という意識が高まっていました。そんな両者が、「自律協生社会(Convivial Society)※」の実現に向けた共同研究拠点「自律協生スタジオ」をMAU市ヶ谷キャンパスに開設してから2年半、どんな成果が生まれたのでしょうか。
※主体的・自律的に生きる個人が自由を享受しつつ、他者や自然、テクノロジーと力を合わせる中で創出される生き生きとした社会。
これまで、MAUソーシャルクリエイティブ研究所の教授たちとJRIの研究員がチームアップして、「政策デザイン」、「地域のデザインとローカルコレクティブ」、「ストラテジックデザインおよび次世代起点のデザイン」、「未来創発・未来対話を起点とした市民エンパワーメントのデザイン」、「プライバシーの未来」、「発達障害とデジタルアート」等々、テクノロジー起点のテーマから地域の課題に寄り添うプログラムまで、幅広い活動を行ってきましたが、これらの活動を通じて、JRI創発戦略センターの井上岳一チーフスペシャリストは、「シンクタンクは課題起点でものを考えがち、一方で美大の人達は可能性に目を向ける。この両者が組むことで新たな価値が生まれている」「我々シクタンクは何か文章にしたり、言葉にしたり、報告書にしたりするだけだったが、美大と組むことで、模型を作ったり、一緒に可視化したりすることができた。加えて、言語化して、図に落として、概念化して、また言葉を手直しして、という言語と非言語のやりとりを通じて、右脳と左脳が創発しあう経験ができたのはよかった」と語っています。
個別テーマ「次世代起点のデザイン」
続いて、共同研究の一つとして、JRIリサーチ・コンサルティング部門の市岡敦子シニアコンサルタントとMAUクリエイティブイノベーション学科岩嵜博論教授から、「次世代起点のデザイン」についての報告がありました。
環境問題の悪化、人口減少を背景に、例えばイギリスのウェールズ政府では、未来世代のためのウェルビーイング法(国や行政機関が何かを決める際には、それが未来世代の幸福に繋がるかどうかチェックしなければならないという法律)が制定されたり、国連の未来サミットでは「将来世代に関する宣言」が初めて合意されたりというように、将来世代の利益を守らなければいけないということが国際的に合意されており、未来世代を意識した政策立案が潮流となっているそうです。一方、国内における公共デザインの分野では Human Centered Designが適用され過ぎ、今生きている我々向けに政策がデザインされてしまったことで、将来世代に負債を残しているのではないか、現在の世代中心でなく、次世代中心デザインをどうやったらよいか、送り手ではなく受け手のことを考えてデザインしなければいけないのではないか、という問題意識から、MAU岩嵜教授とJRI市岡シニアコンサルタントを含めたJRIのメンバーは、長期的視座が必要なまちづくりや政策デザインの分野への次世代起点デザイン手法の適用について検討してきました。
具体的には、①未来ペルソナ(未来の市民の姿を思い描く)、②地域の資本(インタヴューや現地調査を通じて地域にどのような資本があるかリストアップ)、③エコシステムマップ(①②を統合し、関係性を図として描く)、④インターベンションポイントを探る(③を見ながら、具体的にどこで何をすればよいか探る)という4つのプロセスを通じて、次世代を意識したアイデア創発がしやすい仕組みを作ったといいます。この方法論は滋賀県長浜市「南長浜まちづくりビジョンfor 2050」や福井県鯖江市「しごとプロジェクト」若手職員の研修で実際に活用されており、彼らはその成果を3つに整理しています。
・次世代起点デザインは政策立案や自治体業務に活かすことができる。長期的視座が必要な計画に使える
・未来に生きる人々や未来の資本を可視化できるので、どこにアプローチするのがよいか発見し、みんなで共有しやすくなる
・未来に生きる誰かのために考える、より具体的で実直な未来像ができる
もうひとつの問題意識は、専門家不在でも成立するデザインです。彼らは非専門家でも使えるようにツールキットを開発し、「つづくつながる未来のデザイン」という名前でデジタルブック化し公表していますが、これはデザインの民主化の一例でもあり、「日本初アジア初のデザイン方法論ともいえるのではないか」と自負しています。長寿企業の多い日本では企業の存在が長く継承され、世代を超えて新しい世代に受け継がれてきましたが、これは、「次世代を考えた社会づくりが社会構造のなかに埋め込まれているからではないか。これをデザイン研究に活かし、発信していくことで共感を得られるようにしていきたい」と岩嵜教授は語っています。
弱さがつくる未来とは?
続いてのセッションは、クリエイティブイノベーション学科若杉浩一教授とJRI創発戦略センターの井上岳一チーフスペシャリストによる「〈弱さ〉のデザインとポリフォニー」でした。若杉教授は長い間民間企業でプロダクトデザイン、インテリアデザイン、建築計画の専門家として活動。ヒット作を生み出し、利益を上げるということをやってきましたが、いつしか、「これをやり続けていいのか?これで社会はよくなっているのか?」という思いが募っていったそうです。そんなとき、未来がないと言われた林業に着目して「日本全国スギダラケ倶楽部」と呼ばれるソーシャルデザインの取組を始めました。23年経って、延べ2,400人が関与。これは畢竟「未来を考える共同体のデザインだった」と彼は振り返ります。「人口減少、経済縮退のなかで我々の地域や社会を維持していくためには、国家や企業という枠を超えて、ともに支え合う共同体をつくるしかない。未来は、立場を超えて融け合って小さい幸せを可視化しながらつくり上げるプロセス。儲かるものは民間、儲からないものは公共で、という分け方もおかしい。儲かることも、儲からないことも、社会みんなでやらないといけない。それを支えるのが共同体でありコモンズではないか。行政も企業も大学も一緒になりながら、産業や価値を地域の中につくって融け合っていく。そうした事業や拠点の創造が必要。真に主体性をもった市民の登場が未来を変える。ゆえに小さき市民の主体性に寄り添うデザインが「弱さ」のデザインであると確信している」と力説します。若杉教授は、こうした社会の在り方をアフリカのピグミー族に学んだといいます。「ピグミーの人たちは、進化ではなく持続を重んじる。進化すると食べ物が無くなってしまうから。持続には競争や優劣もない。いっぱい狩りをした人がえらいわけではない。なぜなら結局みんなで分け合って食べるのだから。」
井上チーフスペシャリストも「ピグミーの音楽、ポリフォニーの世界にヒントがある。手拍子と声、リズムも音程もちがう他の人の音とリズムを聞いて、自分のリズムを差し込んでいく。そこにえも言われぬハーモニーとグルーヴが生まれていく。こんな社会のつくり方ができないか」と投げかけます。「今、家庭では児童虐待が22万件。学校では不登校児童が44万人。働きざかりを中心にうつ病が100万人。自治体に対しては企業も市民もその役所的対応に不満をもっている。国家においては、投票率の低さ、政治不信。全国の引きこもりの半分は40歳以上。社会というシステム=壁に対し、卵=一人ひとりの人間たちが傷つき、割れている。システムはもともと人を幸せにするために生まれたものではなかったか?それがなぜ人の尊厳を傷つけるものになってしまうのだろうか?システム化していくとき、個々の人間の弱さや振れ幅をできるだけ排除しようと、効率的で精緻なシステムが作られるが、それによって人の気持ちが疎外されていく、この状況をなんとかしないといけない。」
弱さを排除しないシステムのあり方という意味で参考になるのが、北海道にある精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「社会福祉法人浦河べてるの家」です。べてるの家では、弱さは克服すべき存在という考えを牽制し、弱いことを前提にしたシステムを作ろうとしているといいます。精神障害やアルコール中毒などの症状によって生活や活動に支障が出ることをごく当たり前と捉え、驚いたり嫌がったりせず、あるがままを受け入れます。当事者の方がそこで3年も暮らすと、誰も助けていないのに症状が改善するといいます。
もうひとつの事例は、大阪にある老舗の石鹸メーカー「木村石鹸工業株式会社」です。年商15億、60人の会社ですが、ここでは、給与は会社が決めるのではなく従業員が自分で提案し、その上で経営側と話し合って決めています。次の1年で自分はこういう取組を行い、それにはこれぐらいの価値があるから給料はこれぐらい、と提案し、それに対して経営側が投資をしていくという方法です。それは「心配」ではなく「信頼」をベースにした会社づくりの実践であり、木村石鹸では「自律型経営」と呼んでいますが、これがうまく機能しています。「木村石鹸のように「管理のためのシステム」でなく「自律のためのシステム」によって企業組織や地域社会を変えてゆく方法をこれから研究していきたい」と井上チーフスペシャリストは語ります。「この間、ある地域の住民から、『かしこ(賢い振りをするひとたち)が東京からやってきて地域をだめにする』と言われました。フィールドワークしたからといって現実がよくなるわけではない。社会課題解決というけど、本当にきつい思いをしている人たちのことが見えているか?辛い状況に思いを馳せることができているのか?個人の尊厳を守ることができているのか?」と自問しながらも、「今は壁そのものを壊すことは難しくても、壁をハックすることはできる。ハックする力、つくる力、表現する力」をしっかりと身に着けることで、「無視されがちな人々の声に耳を傾け、その声を救い上げて未来に活かすためのデザイン」を開発していく。そのための共同研究なのだ」という強い思いが伝わってきました。
これまでの成果と今後の展開
2年半の共同研究で何が達成され、今後どのような展開を思い描いているか、各登壇者からのコメントです。
岩崎教授:成果は2つある。1点目は、自分が研究しているフィールド(長浜、鯖江)にJRIのメンバーを頻繁に誘って、きてもらうことができたこと。毎回ワークショップにきてもらった。日頃、JRIのみなさんは現場にいく機会がなく、現場の手触り感がないとも言われるが、実際のフィールドで活動してもらえたことはよかった。2点目、研究成果を論文にして、デザイン学会で発表、国際学会でも論文投稿することができた。フィンランドでリサーチした結果をイタリアのミラノで発表することができた。今後は、JRIの持っている現場にもっといきたい。長浜でつくったモデルをJRIのフィールドに持っていって試してみる。もう一つは、欧米が作ったものではない日本やアジア発の知のあり方、新しいグローバルルールがつくれるとよい。デザインの世界でもそのような議論が始まっている。
松岡所長:1、CDFを継続的にできたのはよかった。半年に1回、こういう機会で研究成果を世に問うことができている。2、MAUの学生を採用できた。デザイン会社、受発注の関係から、仲間に迎えようという意思決定ができたのは、この共同研究の土壌があったから。これからは、もっと領空侵犯していきたい。つまり話す人と聞く人という構図を融かす、あるいはMAUとJRIの2社に加え、新たに北大、京大などのアカデミアから参画してもらい協働するようなことをやっていきたい。JRIは民間企業を巻き込んで共創の場を作っているが、実際に参加してもらって融け合っていただく場が足りていない。そこをやっていきたい。
若杉教授:これから、個々の専門を乗り越え、一人間として融け合っていくにはどうしたらいいか。どのようなアプローチがあればよいか探っていきたい。日本中に専門家が散らばり、場所、世代、職種、性別を問わず、社会を動かす原動力、新しい仕事が生まれる原動力となる。そこに新しい未来が生まれる気がしている。
自律協生社会実現に向けて
最後に、JRIの谷崎社長は「地方創生の一環で『こんなことやりました』で終わることがよくあるが、我々は形にしたい。これまでなかった美大とシンクタンクの協働がこうした形で実現できることを、ある程度証明できた。自律協生社会実現への第一歩が点として芽生えつつある一方で、まだ2年半。点と点を拡大再生産することができれば、日本が大きく変わると信じている。これからチャレンジしていかなければいけないことがたくさんある」と語っています。「MAUとJRIの関係性は極めて強くなってきたが、それだけでは世の中変わらない。民間企業が入ることによって粒が増える。そこに政策をつくる中央官庁、自治体、シンクタンクなどが加わると、点が面になる。このコンセプトが正しければ広がると思っている。新しい企業デザインやポリシーデザインの領域にMAUとJRIが一緒に入っていき、そこで民間企業や公共セクターと一緒に新たな価値を創造する。そのためにも、コンヴィヴィスタジオに企業がブースを持ったり、官公庁の出先になったりして、そこで何かを仕上げる、そんなふうになってほしい。」
当日は学生や社会人の方々80名以上の参加があり、フォーラム終了後は、学生の皆さんが中心となって宴の場づくりを行った懇親会会場のあちこちで、自由闊達な議論や和気あいあいとした会話が繰り広げられ、盛況のうちに閉会となりました。
text: 笠原広子







