2023.03.17
「デザイン思考を超えて:持続可能なイノベーションに向けた倫理的アプローチ」イベントレポート
本イベントでは、デンマーク・デザイン・センター(DDC)のCEOを務めるクリスチャン・ベイソン氏を招き、新著『Expand: Stretching the Future by Design』(共著者:イェンス・マーティン・スキブステッド氏)で提唱する6つの拡張思考によって、持続可能な未来への道を切り開く視座に関するレクチャーを行っていただきました。。倫理的デザインなどの既存の概念や実践と、DDCのミッション領域である「グリーン」「デジタル」「ソーシャル」の様々な事例も共有され、質疑応答では参加者とベイソン氏とのインタラクティブな時間になりました。
ミッション駆動型のイノベーションの組織 デンマーク・デザイン・センター(DDC)
DDCは、世界で最も古いデザインセンターの1つとして1978年に設立されました。思考、感性、方法、ツールを人や組織にもたらすことで、創造的で革新的な思考と実践を通し、これからの時代に必要とされる持続可能な世界をよりよく実現することを目指しています。主に問題解決のための活動をしていますが、デザインが優れているだけでなく、様々なセクターやレベルを横断した取り組み方を、インパクトのある仕事を通じて実証することが重要です。コペンハーゲンのBLOXと呼ばれる場所は、1000人もの建築家、デザイナー、エンジニアなどがコラボレーションする未来の都市イノベーションのエコシステムです。今日はグリーントランジション、デジタルトランジション、ソーシャルトランジションについて具体事例を交えて紹介します。
ベイソン氏は私たちの現在の状態を説明するにあたり、2014年ごろのアメリカ退役軍人のための医療制度と社会制度によって起きた事例を挙げます。医療を必要としていたアメリカの退役軍人がサービスを受けるまで何年も待たされ、サービスを受ける前に亡くなり、大きなスキャンダルとなりました。
その後、「イノベーション・フェロー」というプログラムで、チーフイノベーションオフィサーのサラ・ブルックスのリードのもと、サービス全体の再設計が行われました。この組織には450ものウェブサイトが複雑に絡み合っていることがわかり、体験を中心に全てをデザインし直しました。結果的に、1つのウェブサイトに統合することに成功し、退役軍人からの信頼は25%も上昇したと言います。
これは簡単なことではありませんが、デザイナーはその方法を知っていて、現に、世界中でこうした取り組みが行われているとベイソン氏は語ります。
デザイン思考のチャレンジ
デザイン思考が広く認識されるようになって10年ほど経ちますが、その一方で、デザイン思考はいくつかの課題にも直面しています。
デザイン思考は、プロセスや方法、ポストイットの貼られた空間だけではありません。ベイソン氏が著書に書いているように、私たちは思考をデザイン思考に取り戻し、誰のために、どのようにデザインするのかを振り返る必要があります。エネルギー問題や環境問題などが加速し、技術や人口増加などによって新たな問題も出てきています。社会問題の境界がシフトし、規模、緊急性、複雑性が高まると、デザインは新たに出現した問題を追うだけでなく、その最前線に立つことが必要だとベイソン氏は語ります。
イノベーションは、シリコンバレーやカリフォルニアの西海岸で起こるものだけではありません。イノベーションは、世界中のさまざまな場所で、異なる文化、異なる時代に起こる可能性があります。私たちは、他の文化圏で成功したものや、過去から新しいアイデアを学ぶこともできます。イノベーションの地理的範囲を広げ、どのアイデアも受け入れる必要があるとベイソン氏は言います。
思考を拡張する6つの視点
ベイソン氏は、私たちが想像力を解き放ちより良い世界を作るために、6つの思考を拡張する方法を提案しています。今回ベイソン氏は、その中から、時間(Time)、近接性(Proximity)、価値 (Value) の3つを詳しく取り上げました。
時間(Time)とは、どのような時間軸を想定してデザインするのかということです。
デンマークでは、18歳の6人に1人が精神科の診断を受け、15歳から25歳の少女の6人に1人が「自分は精神衛生状態が悪い」と答えています。このような長期的課題に対して、どのように取り組むべきでしょうか。
現在のシステムへの研究を考慮した上でシナリオを作成し、昨年夏の大規模な民主化サミットでの共同ワークショップや共同デザインに若者たちを参加させました。精神医学のあり方やサービスのあり方、デジタルサービスとの関わり方、学校のあり方など、システムを変える可能性を感じている若者たちがいると感じました。メンタルヘルスにとってポジティブな未来の原則を立て、架空の都市を用いることで、思考や会話、想像力を刺激するために、街の地図や住民の未来の人々を表現する映像を作りました。未来がそのようになるべきだと考えのではなく、何が可能かについての思考を推し進め、共感するための洞察を生み出すためにその世界に命を吹き込んでいるのです。
時間についての想像力を伸ばしたいときに使う問いの例は、著書の中にも書かれています。
近接性(Proximity)は、倫理的に責任を持った行動をするために、デザインしているものが何であれ、それを身近に感じることです。
ベイソン氏は、数年前にNASAで実際に起きた事例を取り上げました。2人の女性宇宙飛行士が宇宙に行く予定でしたが、女性用宇宙服が1着しかないことが打ち上げ数週間に発覚し、打ち上げが延期されました。女性のためだけでなく、マイノリティ、疎外されたコミュニティ、障がい者など、取り込む必要のある人々のためのデザインを忘れていないでしょうか。問題は、デザインしているものに対して、親近感を持って現実を理解し、行動を起こせるかということです。
倫理と倫理的行動についての問題も挙げられました。AIやテクノロジーの発達により、人々にとって好ましくない製品やサービスをデザインしてしまうリスクが高まっています。データを通して人々の行動をコントロールするより、人々がやりたいことを達成できる技術をデザインし、私たちをより自由に、中毒性を軽減するデジタル倫理が競争要因になるかもしれないと考えています。DDCは、デザイナーや企業、銀行、製薬会社などあらゆる組織と協力し、「デジタル・エシックス・コンパス」 というオンラインでダウンロード可能なツールキットをデザインしました。
価値(Value)は、経済を超えて価値あるものの再考です。
ジョン・F・ケネディの弟のロバート・ケネディは、価値観についての話で、GDPは国家の財政状態を測るものであって人生を生きる価値あるものにする指標ではないと言いました。私たちはまだGDPで国家間の比較をしています。何が価値あるものかをどう考え直すか、経済学を超えた拡張の問いです。
EUでは、気候変動に配慮した都市作りを進めており、「新ヨーロッパバウハウス」というプログラムがあります。DDCは他の多くのパートナーとともに、循環型かつ魅力的な社会を作るにはどうしたらいいか、真に魅力的で美しく包括的な都市を作るにはどうしたらいいかを訴え、ヨーロッパの7つの場所にあるソーシャルハウジングと協力しています。
価値を拡大するということは、社会的、経済的、環境的な価値に渡って財務以外のパラメータを再考し、それらのバランスを取ることです。
今日の拡張思考の話はアイディアであり、提案だとベイソン氏は言います。考えるだけでは価値がなく、価値とは行動することだと強調されました。6つの拡張思考を使い、他のタイプのユーザーや共感者とより長い時間軸で課題を見直したり、機会を見直したり、クリエイティブを焚き付けるものとして、より良いアイデアやより多くのアイデアを生み出すために使用することができます。「アイデアの力とは、一度手に入れたらもう元の次元には戻らない」というオリバー・ウェンデル・ホームズの言葉を引用し、講演を締めくくりました。
質疑応答
ベイソン氏のレクチャーに続く質疑応答では、会場とオンラインの参加者から多くの質問とコメントが寄せらせました。本レポートではその中からいくつかご紹介したいと思います。
会場からの質問:COVID-19によってDDCの役割や機能はどのように変化しましたか?
ベイソン氏:DDCはパンデミックの前後で大きな組織変更によって、人間中心の自律的な組織に変更しようとしていました。パンデミックでの制約がある中で、在宅勤務をしたり、ネイチャーウォークをしたりしましたが、重要なことは、組織として個人を管理することから、個人を信頼し何をすべきかを委ねる方向に転換したことです。
私は、DDCの前はマインドラボという組織でディレクターとして従事していました。多くの組織が小さなチームを作りイノベーションを促進しようとするのを見てきましたが、彼らは悪戦苦闘し、最終的には、官僚主義の管理、通常の仕事のやり方が根強い傾向にあります。私は創造性を発揮するフラットで自己管理できる組織を作るために、働き方全体を再デザインすべきではないかと自問しています。 幸いなことに、世界中に大きなムーブメントがあり、それはデザイナーが活躍できる領域だと思います。
会場からの質問:社会が取り組むべき重要な課題は多くありますが、DDCが取り組むべきテーマや課題にはどのような優先順位があるのでしょうか?どういったステークホルダーを重視し、どのイシューに取り組むか悩む時があります。
ベイソン氏:先ほどの話にあったように、DDCには「グリーン」、「デジタル」、「ソーシャル」の3つのテーマがあります。
この中でもどれに取り組むべきかについては3つの要素があり、1つは、DDCの40%の出資をしている政府で、行政としての優先は循環型経済なので大きなテーマとして扱います。2つめは取締役会で、8名の役員との対話で優先テーマを決めます。最後は、自分たちに問うことです。デンマークメディアはここ数年、若者のメンタルヘルスを多く取り上げています。これは政府の優先事項でもありますが、自分たちでも取り組んでいることでもあります。
会場からの質問:レクチャーの中で、私たちの経済システムは価値をとらえておらず、いまだにGDPを軸に意思決定がされているとありました。デザインが個々のプロジェクトを超えて、経済システムの移行にどのように貢献できるのか、影響を与えることができるかのお考えを聞かせてください。
ベイソン氏:デザイナーには、前提を覆すような質問をし、どんな結果をもたらし、どんな価値のためにデザインしているのかを考える大きな責任があると思います。歴史的にはそれは利益であり、非常に豊かな社会を作り出しましたが、地球の問題やメンタルヘルスの課題という点でも、私たちを多くの問題に巻き込みました。つまり、どのような価値のためにデザインしているのかという問題です。日本のように近代的で高度な社会では、政府も企業も、デザインの成功基準として、経済的尺度以外の指標を導入することは間違いなく可能だと思います。行政にとっては、デジタル化によってコストを削減するだけでなく、市民にとって魅力的なサービス体験を生み出すことを意味します。ビジネスにとっては、環境や社会に与える影響を経済的なものと同じように測定し、公開することを意味します。そしてデザイナーの使命は、企業や行政のリーダーたちと協力しその目標を達成することです。
まとめ
デザインの第一線で活躍されているベイソン氏のセミナーということで、多くの方々にお越しいただきました。質疑応答やセミナー後のネットワーキングも含め、会場の皆さんの熱量も非常に高いことが印象的でした。
パンデミックや気候変動など多くの危機に直面する現在、どうすれば社会的にも環境的にも望ましい未来を作ることができるのでしょうか?そのために、デザインは大きな役割を担うことができるはずです。ベイソン氏の提唱する6つの拡張思考を活用しながら、望ましい未来に向けた行動の必要性を実感する時間となりました。
text: 石井萌、高田紀子