2022.05.12
「政策デザインラボ:経済産業省版デザインスクール Policy Design Schoolの成果と今後の展望」イベントレポート
2022年1月27日に、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所の政策デザインラボは、「経済産業省版デザインスクール Policy Design Schoolの成果と今後の展望」と題し、オンラインイベントを開催した。
政策デザインラボでは、過去のイベントで地域における政策デザインの事例として長岡市と滋賀県の事例を取り上げたが、今回は地域の事例に引き続き、国レベルでの政策デザインの取り組みとして経済産業省版デザインスクールPolicy Design Schoolに焦点をあて、ディスカッションを行った。
イベントの前半では、Policy Design Schoolのプログラム設計について企画・運営を行う経済産業省の橋本直樹氏がプログラム内容を紹介し、受講者の方々が成果としての政策アイデアの発表を行った。後半では政策デザインラボの山﨑和彦氏、岩嵜博論氏、長谷川敦士氏も加わり、政策アイデアの講評を行なった後、今後のPolicy Design Schoolの展望について議論した。
Policy Design Schoolをデザインする
はじめにPolicy Design Schoolの企画、設計について橋本直樹氏がプレゼンテーションを行った。
橋本氏は経済産業省入省後、ニューヨークのパーソンズ美術大学へ留学し、デザインの手法を取り入れた新しい政策立案プロセスについて研究を行った。また、橋本氏の留学以降も複数の行政官が海外のデザインスクールに留学している。
Policy Design Schoolは、橋本氏をはじめとした政策立案にデザインの手法を取り入れる必要性を感じた経済産業省の有志によって企画された、経済産業省職員向け研修プログラムである。
2021年の8月〜12月にかけてオンラインで実施されたPolicy Design Schoolでは、橋本氏自身がデザインスクールで学んだデザインプロセスは多様な人々と共創することに価値があるという観点を踏まえ、経済産業省の12名の職員と、民間企業から多様なバックグラウンドを持つ7名の計19名の受講者による、官民混成の4チームに加えて、80人超の聴講者を対象に実施された。
プログラムは全10回のカリキュラムが組まれ、隔週の土曜日に実施された。各回、午前にゲスト講師のレクチャーでインプットを行い、午後はグループでワークショップを行うという2部構成で、受講者が理論と実践の双方からデザインのマインドセットを獲得できるよう設計された。
一般的な政策立案は「実態の把握」「課題の設定」「戦略策定」「戦略の実行」というプロセスで行われるが、Policy Design Schoolでは、英デザインカウンシルが提唱したイノベーションのためのフレームワーク「ダブルダイヤモンド」に基づく、発散と収束を繰り返す政策立案プロセスが再定義された。
プログラムで実践された政策立案プロセスは以下のようなものとなる:
0. 自由闊達でいられる場所
突飛なことをすると煙たがられるのではないかという不安な状態では新しいことを発想できない。そのため、前提として自由な発想が批判されるのではなく、面白がられる場所を作ろうということで、Policy Design Schoolは土曜日の通常業務から離れた場所で実践された。
また、経済産業省の職員だけでなく、さまざまな価値観を持つ参加者を募り、時にはぶつかり合う中で新しいアイデアを発想することを許容する場所として設計された。
1. 自分は何者か
行政官は、総理大臣の指示や国会での議論、世論や産業界の要望など様々な声を受けて政策を策定している。それらを一つひとつ聞きながら政策を作ることは重要であるが、全てを叶えることは難しい。そこでミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ氏が提唱した「意味のイノベーション」の考えを取り入れ、「自分はどんな希望を持って行政官になったのか」という自身の価値観や想いを起点に政策立案することを促した。
グループワークでは最終的に自分に独自の肩書きを付け、なぜ政策を作るのかをステートメントとして表現した。全ての参加者が自分の大切にしていることについて内省し、後に続く政策立案の指針とした。
2. 夢を描く
「今日の夢とは何なのか?この疑問に答えるのは難しい。今や、夢は希望に成り下がってしまったように思える。人類が絶滅しないようにという希望。食べ物に困ることがないようにという希望。この小さな惑星で全員が暮らしていける余地があるようにという希望。そこにはもはやビジョンなどない。誰もこの地球を修復し、生き残る術を知らない。あるのは淡い希望だけだ。」スペキュラティヴ・デザイン(アンソニー・ダン、フィオナ・レイビー著)
目の前の課題を解決する従来のリニアなプロセスではなく、起こりうる未来まで発想を飛躍、拡散させ、大きな夢を描くスペキュラティブ・デザインの考え方を取り入れたワークショップが実施された。
例えば、環境問題に取り組むときに、いきなり「CO2を減らしましょう」という課題に打つべき施策を考えるのではなく、一度「2050年の望みたい社会を夢想しよう」というお題を投げかけ、もし、2050年に環境問題が完全に解決した社会が訪れたとしたら、それはどんな社会なのかということを各グループで議論した。
3. 夢を叶える問い
描いた夢を叶えるためにはどのようなことをすれば良いのか、バックキャスティングで考える。夢に一歩近づくための問い「どのようにすれば(誰)に対して、(何をどのように)することで、(困っていることや建前に隠れた不安に対するインパクトのある変化)できるだろうか?」を立てる、デザインで言う「How Might We…」クエスチョンを作成した。
4. 人に向き合う政策アイデア
「3. 夢を叶える問い」で立てた問いの「誰」に該当するのは、議論によって構築された想像上の人物であることから、その人が本当に困っているのか、どのようにすれば本当に問題が解決するのかわからないため、実際に困っている人にインタビューを行い、政策を打つときの対象となる具体的なペルソナを作成した。ペルソナからインサイトを得て、インサイトから政策アイデアを生み出した。
5. 政策プロトタイプ
プロダクトやグラフィックとは異なり、また、サービスデザインと同様に、政策は目に見えない。そのため、具体的に可視化するためのツールを提供した。例えばビジネスモデルなどの複雑なものを図解する図解総研の協力で、政策を図解で表現した。また、作った政策が将来どのようにメディアに取り上げられるのか、もしくは取り上げられたいのかを架空の記事を作成することを通して、ストーリーで伝えるという実践を行った。
以上の通り、デザインの理論に基づく多くの手法を実践するプログラムが行われた。
Policy Design Schoolで生まれた政策のアイデア
成果として4つの政策アイデアがまとめられた。今回のイベントでは2チームが政策アイデアのプレゼンテーションを行い、岩嵜氏、長谷川氏、山﨑氏が講評を行った。
政策アイデア1:「公設CO営」(チーム名:Be Future)
行政と市民のコミュニケーションにおける課題として、お互いの行動の背景を分かり合えていないことを挙げ、コミュニケーションの「接点」を便利に効率化するのではなく、お互いの背景を相互理解するための「接面」として機能する場づくりが必要なのではないかという視点から、「公設CO営」という政策案を提案。公設の場をCO営、すなわち行政と民間の職員が共同で運営する新しいモデルを提案した。
講評
岩嵜氏:どう実装するのかという課題がある。官と民がどのように溶け合うのかなど不確実な要素が多いため、デザイン的に、スモールスケールで始め、実証実験しながらアダプティブに進めることが有効だと感じる。
長谷川氏:ダブルダイヤモンドの前半のプロセスを経て、課題の見立てとして、点と面のメタファを用いて言語化されたことがよかった。行政と市民のタッチポイントと、それぞれの文脈という関係性において、行政の文脈が伝わっていないのか、ユーザーの文脈に沿えていないのかというような見立てが可能になり、その後の議論に生産性が生まれてくるなと感じた。
山﨑氏:プレゼンテーションでストーリーボードを読み上げることは、概念的なものを可視化してわかりやすく伝える手段として良かったと思う。「接点」から「接面」という考え方は良いと思うが、行政と民間がどう共創するのかという仕組みまでデザインする必要がある。
政策アイデア2:「Cross Care Hub」(チーム名:bigas)
フィルターバブルや個人の「らしさ」の軽視に由来する価値観の硬直化が現代の課題であると捉えた。個人の中にある多様性を発揮できる社会にすることで、他者の多様性へも寛容になるのではないだろうかと考え、「Cross Care Hub」という政策を提案。ケアラーに着目し、ケアの経験がもたらす価値を企業に提供することで社会還元していくモデルを提案した。
講評
岩嵜氏:ケアの領域にはフォーマルなものとインフォーマルなものがあり、フォーマルなものは政策化しやすく、すでに整備されているが、インフォーマルなものを政策で捉えるのは難しいと思うので、どう政策化するのかは論点である。
長谷川氏:ケアラーに限らず、価値を循環させる存在として一般化すると、適切に評価されずに消費されている存在はたくさんあり、一つの事例を可視化することで他にも展開できる可能性を感じる。また、ケアをすること自体が学びになるというリブランディングが必要で、企業だけではなく教育機関と組んで新しい教育として価値化するという可能性も感じる。
山﨑氏:行政の立場でどう仕組み化していくのかが次のステップだと思う。
Policy Design Schoolの今後の展望
イベントの最後に次回以降のPolicy Design Schoolの発展可能性について、橋本氏、岩嵜氏、長谷川氏、山﨑氏がディスカッションを行った。
橋本氏はフルスペックで実施したプログラムを振り返り、途中で中弛み気味になったことが反省点であり、改善としてプロトタイプを作るタイミングを早めるという案を挙げた。これに対して、山﨑氏はプロセスの最後ではなく途中段階で小さなプロトタイプを組み込むことは中弛みの改善だけでなく、最後の提案に深みが増していくという点でもプロトタイピングに早く取り掛かることには意義があると指摘した。
また、岩嵜氏はダブルダイヤモンドの前半の「自分は何者か」から始まり「夢を描く」へと続く、ビジョン形成プロセスが特に重要であると述べた。従来の政策立案プロセスでは、「課題だと言われているもの」に対して積み上げ型で政策を作ることがほとんどであり、ビジョン形成にリソースが割かれていないと言う。そのため、次回以降もビジョン形成プロセスをいかに組み込むかがポイントになると話した。
加えて、長谷川氏はデザインカウンシルがダブルダイヤモンドのアップデートとして発表した「システミックデザインアプローチ」を取り上げ、政策を個別の政策としてではなく有機的につながっているシステムとして捉え、より包括的にデザインを行うアプローチをどのように組み込むかが現実の政策立案プロセスとして立ち上げるときの一つの論点になるだろうと語った。
最後に橋本氏はPolicy Design Schoolで立ち上がった政策アイデアが、経済産業省の政策課題の範疇を超えていることも踏まえ、いかに他の行政や民間をさらに巻き込んでいくのかが課題であると述べた。また、プロトタイピングのタイミングなど、イベントでの議論を踏まえ、次回以降のPolicy Design Schoolをアップデートしていきたいとして、イベントをまとめた。
text:神尾雅史