2025.12.17
【Vol.2】自律協生スタジオ共同研究成果報告「参加型の未来」対談企画
本質的な市民参加はいかにすれば可能になるのか?
2022 年11月から共同研究を継続してきた若杉浩一教授と井上岳一チーフスペシャリスト。
今回のテーマである「参加型」を巡って、これまでの3年間の研究成果を振り返りながら、今後の展望について語り合いました。

〈左〉日本総合研究所チーフスペシャリスト 井上岳一
〈右〉武蔵野美術大学教授/ソーシャルクリエイティブ研究所所長 若杉浩一
機能的な市民参加と本質的な市民参加
井上 「参加」は、共同研究の最初からずっとテーマにしてきましたね。ここまで三年間の共同研究の成果を踏まえた時、「参加」について、今、若杉さんはどんなふうに考えていますか?
若杉 近年、「参加型」が各分野で言われるようになりました。それは専門家が何かを作るときに、専門家だけではなかなか立ち行かなくなっているからです。作り手と使い手という二項対立を起こしてしまって、運用する人、使う人たちの存在がどこかで抜け落ちてしまう。あるいは、作られたものを消費する人たちの気を惹こうと、より商品が過激に作られ、一方で廃棄物が生まれていくというようなことが至るところで起こってしまっている。そういう状況の中で、作り手と使い手の境目をなくしていこうということで、市民参加とか、作り手と使い手の主客の融解みたいなテーマが浮かび上がってきているのだと思います。ただ、市民参加を謳うプロジェクトで多く出くわすのは、「ガス抜き的」市民参加、全体の設計やプロジェクトの一部だけを市民にご意見を伺う形で参加してもらうという、極めて限定的な市民参加です。このような限定的な市民参加を「機能的な市民参加」と呼ぶそうですが、本質的な市民参加にはほど遠い。行政や企業の側が事前に決めたプログラムに従って、市民がポストイットで意見を書いたり、ちょっと手を動かしたりするだけで、「市民参加でつくった、みんなのもの」になる。市民の意見を集計してまとめるのは専門家の役割で、結局、つくっているのは専門家だから、つくり手と使い手の二項対立的な構造は変わらない。本当にちょっと絡み合うだけの「参加ごっこ」です。これは、都市の専門家が地域に行って「参加型」を謳うプログラムを行う場合に顕著に見られる傾向です。
井上 僕は元々行政にいましたが、日本で「市民参加」が言われ出したきっかけは、ダムの建設などの大規模な自然破壊を伴う公共事業が市民の反対運動に遭って、声を聞かざるを得なくなったことでした。国交省、当時の建設省の管轄分野で、専門家と市民の対立から生まれたのが「市民参加」だったのです。それはまさにガス抜き的な市民参加で、事業の実施自体は揺るがないのだけど、市民参加のプロセスを設けることで、何とか理解を得ようとするというものでした。
若杉 僕が「市民参加」というテーマと初めて向き合ったのは、宮崎県日向市の駅と駅周辺の再開発のプロジェクトでした。駅はJR九州、駅前広場は行政が再開発するというものだったのですが、出来上がったものを企業と行政と市民がどういうふうに運営していくかが問われました。そこで、つくる過程だけでなく、運営や維持管理にも市民に参加してもらおうと、より深い市民参加が求められるようになったのです。日向市の場合、小学校6年生を参加させたことをきっかけに、広場の運営や維持管理への市民の主体的な参加が行われるようになりました。今、考えると、これが機能的な市民参加から本質的な市民参加へと寄っていく始まりだった気がします(※)。
※日向市では20年以上たった今も市民参加による管理が行われている点が評価され、今年度のグッドデザイン賞を受賞した。(「木の文化のまちづくり」の実践 杉の使い方日本一をめざせ!日向オリジナル・ストリートファニチャーと継続した市民メンテナンス:(https://www.g-mark.org/gallery/winners/28990?years=2025)
井上 なぜ小学生だったんですか?
若杉 「市民参加」の場面に呼ばれるのは、建築プロジェクトに関わっている人たちとか有識者とか地域の代表者とか、言わば特別な人、選ばれた人たちです。勿論、一般市民枠として呼ばれる人もいるのですが、それも限られた人。それに、あの人呼ぶよりこの人だろうと言われたりしてなかなか難しい。でも、未来を担う子ども達に参加してもらうのなら、誰も文句を言えないだろうと思ったのです。子ども達は地域の夢や希望ですから。
未来をつくる人をつくる
井上 共同研究のフィールドである北海道森町では、中学生に参加してもらいましたね。町制20周年の機会に、森町のこれまでとこれからを考えるイベントをやろうと言って、そこに中学生にも参加してもらうことにしたのですが、中学生に町のことをどうしたいか聞いてもそんなに意見が出てくると思えなかったから、写真を撮ることを通じて町を自分たちの目で見つめ直してもらう「フォトオブザベーション」というワークショップに参加してもらいました。撮ってきた写真にはタイトルと解説をつけ、それをクラスメートにシェアして意見をもらいながらブラッシュアップしていくというワークショップです。最後には町の人に見てもらえるようポスターに仕立てて、展覧会もしました。中学2年生約100人のそれぞれの視点で撮った写真だから「もりまち百景」というタイトルをつけて。やってみていかがでしたか?

フォトオブザベーション
若杉 自分たちの暮らしている町の成り立ちや営み、風景というものを改めて考える機会ってないじゃないですか。何かの建設プロジェクトが始まるとか、そういう特別な時だけかもしれない。だから、町の営みや風景を見つめ直す機会を子どもたちに与えていくことが、町づくりへの最初のステップになるような気がしていたんです。とは言え、中学生相手は初めてだったので、ちょっとどうなるかと思っていたんですよね。結果から言うと、きちんと中学生でもやり通せたし、子ども達の活動を通じて、大人達が、町のあり方や未来、町の魅力に気づくきっかけにもなったと思います。
井上 百人百様で面白かったですよね。全部で4回の授業としてやったのだけど、回を追うごとに、みんなが生き生きとしてくるし、表現もどんどんブラッシュアップされていく。たった4回でこんなに育っていくんだなと驚き、改めて芸術教育の可能性を感じました。それと、終わった後に、一人の女子生徒が、「私はこの町が嫌いだったけれど、写真を撮り、みんなの写真を見ているうちに、この町に住んでもいいかもって思えるようになりました」って言ってたじゃないですか。そんな風に感じ取ってくれる子が出てくるのは凄いことだなと思って。普段、僕たちは町づくりには市民参加が必要と簡単に言ってしまうけれど、この町をどうしたいかという意見を聞く前に、この町はどんな町なんだろうというのを一人ひとりが見つめて、表現をすることで、町の見方はいくらでも変わり得る。そういうリテラシーというか、町の見方の開発みたいなことをしないままに、参加をしてもらったところで、果たしてどれだけ意味があるのだろうと考えるきっかけになりました。
若杉 多くの町づくりは、施設やビジョンなど、何か作らなければいけないものがあり、そのゴールに向かって市民参加がある。目的はつくることで、そのパーツの一つとして市民の声があるのですが、今回我々が試みたのは、つくるというゴールのないところでの参加で、それは、町の未来を見たり、観察したり、考えたりする人をつくる、つまり町を作る人をつくるための参加だったのではないかという風に思うんですよね。
井上 下地作りですよね。こういうことをしないままに、建物や計画を作る時だけ市民参加をやっても、結局、リテラシーがないから、「ショッピングセンターが欲しい」という刹那的な話になっちゃう。だから定期的にこうやっていろんな人たちが自分たちの町を見つめ直す機会があり、そこには子どもも大人も多様な主体が参加するという仕掛けを作っていく必要があるんだなと思いましたね。今回は中学生でしたけれども、中学校や高校の授業でフォトオブザベーションをするようになれば、子どもたちは町を見つめ直す経験を持つようになります。それは、町を見る目を持つ人を育てることにつながるはずです。とは言え、教育現場での取組みだけだと、10年後とか20年後にならないと成果は出てこないぞという話になっちゃいます。なので、森町では、中学生たちとワークショップをやるのと並行して、色々な市民に声をかけ、自分の未来を考えてもらって絵にするというワークショップをしました。10年後に自分がどんな暮らしをしているか、していたいかを想像して、絵にして下さいというワークショップです。そもそもなぜこれは絵を描いてもらうことにしたのでしたっけ?
言語化せず、絵にすることの可能性
若杉 今の時代は、言語化が重視されています。言葉は便利ですが、言葉にすることで、五感の中にある様々な感覚や雰囲気、空気感みたいなものが削がれてしまう可能性があります。その地域の暮らしの温かさとか、息遣いみたいなものも薄れて、一般化されてしまう恐れもある。だから、稚拙でもいいから、絵を描いてみようと言ったんです。
井上 100人に描いてもらおうという目標を立て、職業・年齢・性別のバランスも考慮しながら色々なツテを辿って町民に声をかけ、自分の10年後の絵を描いてもらいました。100人だから「100人スケッチ」。正直、描いてもらったとして何が出てくるのだろうと、あまりイメージはできていなかったけれど、町の集合無意識みたいなものが浮かび上がってくるといいな、とは漠然と思っていました。集まった100人のスケッチを見て、どう思いました?

展覧会にて展示された100人スケッチ

各人各様のスケッチ
若杉 びっくりしました。僕らが想像していたものを飛び越して、とても温かくて、そこに住む人達の体温や息遣いのようなものが現れていたからです。そして、身近な幸せや暮らしの連続性、持続性をみんなが大切に思っているんだということもわかって、まず真っ先にやるべきはそういうところなんだなと気づかされました。先進的な技術を使った便利な世の中という、よく語られる未来の絵姿もないことはないのだけど、そういうことよりも、我々が感じている、言葉にはならないけれど、はるかに大切なものがこの絵の中には潜んでいて、凄いと思いましたよね。
井上 「町」の未来ではなく「私」の未来を描いてもらったので、みんな視点はミクロで、自分と自分の家族のことが中心です。農家の人であれば10年後もまあ元気に農業やっていたいよね、みたいな感じですよね。一方で、隣にカフェが出来ているといいなとか、ちょっとのんびりできる場所があるといいなみたいな、まちづくりのヒントになりそうなことがちょこちょこ描かれている。若杉さんが言われたように、みんなの望みや願いは意外とシンプルで、今の延長で、でも、今よりもちょっと自由で、健康でお金に困らず、趣味の仲間や友達に囲まれて、楽しく生きていけたら良いなというあたりで共通しています。絵を描いていたいとか音楽活動をしていたいとか、表現活動への思いが意外と多くの方に共通して見られたのも興味深かったです。それと、森町は駒ヶ岳という美しい山があるのですが、多くの方が駒ヶ岳を絵に描き入れていて、駒ヶ岳は森町の方々にとっては、とても身近で大切な存在なんだなということに改めて気づかされました。これは絵で描いてもらったからこそですよね。僕ね、100人の絵が集まって、それを一覧にしたものを見た時に、感動して涙が出そうになったんですよ。こんなにも多様な人たちがいるんだと思って。絵だとそれが一目瞭然で。決してうまいとは言えない絵でも、そこには間違いなく個性が滲み出ていて、あれは、ポストイットをペタペタやる言葉のワークショップでは絶対に浮かび上がってこない。その個性が醸し出すものに触れていると、この町に生きる人のことが愛しく思えてくるというか、なんか町全体が愛おしいものに思えてくるんです。絵を描いてもらって良かったなと思いました。勿論、絵なんて描けないと嫌がったり、適当にしか描いてくれなかったりした人もいましたけれど、なんだかんだ言いながらみんな描いてくれた。そして、描いてくれたその絵が、やっぱりその人じゃなきゃ出せない味わいがあるんですよね。そのことに感動して。だから、あれを取りまとめて抽象化して、何か町づくりに生かせるようなアイデアなり言葉なりを導き出すのも大事なんだけれど、それよりも絵そのものを皆さんに見てもらいたいなと思って、それで「もりまち百景」と一緒に「100人スケッチ」も展覧会で見せたのです。これら一連の森町での取組みは、市民参加という観点から見て、どんな意味があったのでしょうね。
若杉 先ほどちょっと言いましたけど、多くの場合、町づくりのゴールは「何かをつくる」ことです。しかし、我々が目指しているのは、何かをつくることではなく、「未来をつくる」こと、あるいは町をつくるための「人をつくる」ことです。施設でなく、もっと永続的なものをつくろうとしている。図書室が必要とか、売り場が必要とか、そういう機能の定義ではなく、この場はこうしなきゃいけないという場の空気、場の必然性みたいなもの。この町で持続可能な暮らしをしていくためにみんなが思い描いている、この地域のあるべき、持ち続けなければいけない大切なもの。そういうものを浮かび上がらせることが、森町での活動ではできたのではないでしょうか。
「私の未来」から「私たちの未来」を経て「町の未来」へ
井上 「町をどうしたいか」とか「町に何を求めているか」ということは一切聞かず、「あなたは10年後どうありたいですか?」と、「私」を主語に聞いた点が良かったのかなと思うんですよね。施設のヒアリングをすれば、温泉が欲しい、カラオケが欲しいなど、色々な要望が出てくるんだけど、今回、一言もそんなのは出てこなかった。「私は歌が好きだから仲間と歌っていられるような人生でいたいな」とか「趣味の仲間が周りに居続けてくれるといいな」とか、そういう願望は出てくるんです。それを町の機能としてみれば、歌える空間が欲しいね、とか、自由に使えるスタジオがあるといいね、とかになっていくのかもしれないけれど、聞き方次第で、出てくる答えが相当違うんだなというのは発見でしたね。それと、ある程度同じようなことを言っている人をグルーピングしていくと、「私の未来」が「私たちの未来」になっていって、最後には「町の未来」に関する集合無意識みたいなものが浮かび上がってくるのも面白かった。
若杉 いや、ホント面白いよ。ある目的のために統合されたディテールを汲み上げるのでなく、目的なく聞いた個々の夢や希望や祈りみたいなものが寄り集まって、大きな場のあり様を示している。全く逆じゃないですか、アプローチが。
井上 本当にそうですよね。町を主語にしなかったからこそですね。それと、今回参加してくれた方は、今までは無意識だった自分の10年後を可視化したことで、これからは、未来に対して、かなり意識的になると思うんですよね。ああ言ったけれど、本当にあれで良かったのかな、とか、もっとこういうことじゃないか、とか。だから、次に聞いた時は、もっとクリアに、解像度高く未来を語れるはずです。そうやって自分を主語にして未来を考え、語っていると、だんだんとそういう未来がやってくる。未来って、案外、そうやってつくっていくものなんじゃないかって思ったんです。
若杉 森町には3年間も通っているわけじゃないですか。その間、毎月、「オニウシ変態解放区」と名付けた仲間達と集い、みんなでご飯を食べながら、互いの話を聞き、語り合うことをやってきましたよね。最後はそれぞれの近況報告をしてもらって締めるのですが、その中で、周りが語りを応援してくれたり、語りを解釈してくれたりすることで、自分の語りが明確になり、ぼんやりしていたものが見えるようになっていくということが起きていました。そして、語りの中で出てきたアイデアをみんなで実際に形にしてみようかというところから、空き倉庫を借りて、展覧会「みんなの森町展」とマルシェ「森町市場」を実現するという実体づくりに入っていったわけです。誰か特定の人が作ったというんじゃなくて、みんなの語りの中の夢や希望の一つ一つがああいう実体になっていったというのが素晴らしかったと思う。

マルシェの様子

展覧会とマルシェの会場となった倉庫
井上 森町は、3年目を迎えるに当たって、今年は何か実体化することをやれたらいいね、という目標を若杉さんと立てましたよね。そういうことがあったので、語りの中から出てきた「あの空き倉庫を使えたら直売所やりたいんだけど……。」という漁師の一言に食いついて、「それ、形にしてみようよ」って背中を押してみた。まずは実地検分し、倉庫を借りるための面倒はこちらで色々と引き受けて、行政にも協力してもらって実現への道筋をつけた。変態解放区のメンバー達にはそれぞれの得意分野で貢献してもらいながら、でも会場のデザインなど、彼らができないことは僕らが力を貸して。そうやって「できたらいいな」ってお酒を飲みながらぼんやりと語っていたことが実体化できた。そしたら漁師の奥さんたちが、「こんなおしゃれで今っぽい空間が地元で実現できるなんて信じられない!!」と、無茶苦茶喜んでくれて。それを見た漁師達は本当に嬉しそうで。夢ともつかないようなぼんやりとした願望でも、言っていると実現しちゃうんだということを経験したことで、なんかみんなにスイッチが入ったんじゃないかなと思うんですよね。空き倉庫のことを最初に教えてくれた漁師なんて、「この倉庫、買っちゃおうかな」って、終わった後、言ってましたよね。
若杉 そうですよね。だから、そのプロセスとかけた時間に僕は意味があるような気がして。最初からつくることが目的にあると、つくるための一つの手段に市民参加がなってしまうのだけど、今回は作ることは目的にしていなかった。みんなと知り合い、共に何かを考え、観察し、自分たちの未来のことを自分たちのレベルで考えようという集団が生まれ、その中で生まれてきた声を実体化させてみた。そういう町づくりの1つのプロトタイプをつくることができたんじゃないですかね。
市民参加の土壌をつくる
井上 遊休施設の利活用方策を考えるために行政に予算つけてもらって、市民を集めてワークショップして、というのは、王道的なやり方です。でも、今回は市民の集合体が先に生まれて、そこから出てきた声を行政にもサポート頂きながら、実体化した。この順序が凄く大事な気がしています。ただ、ここまで来るのに3年かかったわけで、その時間をどう見るかですよね。
若杉 機能的な参加でなく、本質的な市民参加を実現するには、参加する人達の育成が必要で、それにはやっぱりどうしたって時間がかかるということではないでしょうか。オニウシ変態解放区は参加する人の育成・交流の仕組みとして機能していたと思うんです。そういう仕組みが社会的に求められていて、今回、ある種のプロトタイプはできたわけですから、これを解析して、方法論や手法として世の中に問うていくべきだという風に思いますね。世界を見渡すと、リビングラボみたいな、市民と行政と企業が互いの枠を超えて参加して、共に未来を考えていくような場や仕組みが注目されていますよね。一部の人達の機能的な参加ではなく、もっと普通の人達が日常的・持続的に社会に参加できるプログラムや仕組みが世界的にも求められているのを感じます。生涯成長し、生涯地域社会に参加していくための人の育成プログラムや仕組みを新たな社会基盤としてつくっていくことが、自律協生社会の最初のステップのような気がしています。

オニウシ変態解放区:北海道森町で毎月行われている業種を横断した交流会。「オニウシ」とはアイヌ語で森(樹木の多くあるところ)を意味する。
井上 そうですよね。主体的な参加意識を持つ市民意識の醸成はどうやったらできるんだって言った時に、僕らは先ず一人ひとりの話を聞くことから始めました。すると、自分たちの仕事や暮らしにこんなに興味や関心を持ってくれる人がいるんだと言って信頼を得る。そうやって近しい間柄になった人をお互いに引き合わせて宴をしていると、その人達が勝手に仲間になっていく。すると、その中で仕事が発生したり、小さなイノベーションが生まれたり、悩みの相談をしたり、アドバイスをもらったりが生まれ、それを通じてメンバーの自己効力感が高まっていくような場にもなっていって。そこまでに2年くらいかかったわけですが。その間はひたすら話を聞き続けた。あんなに話を聞くんだったら、メディアを絡めてみても良かったかもしれないなと今になって思います。

若杉 メディアがあれば、取材と称して色々な人達の生き方を掘り起こして、それを横に繋いでいくみたいなことができますもんね。
井上 記録して共有できるようにしておくのはやっぱり大事だなと。ただ、それ以上に、自分の話を聞いてもらう、自分のことを話すという行為自体に意味があるのだと思います。メディアがあると、それが継続的に行われていくわけで、町の中にそういう機能が当たり前に埋め込まれているといいなあと思います。そうれば、何かをつくる時にわざわざ声を聞きにいかなくとも、もう既にこの人がこんなこと言っていたよとか、あそこであんなアイデアが語られていたねとか、そういう生きたアーカイブがあるわけですから、それと行政なり企業なりがやりたいこととのマッチングをしていけば、もっと市民に寄り添ったものがつくれるんじゃないかと夢想します。
若杉 そういうメディアの存在は、商業的なメディアとか、その逆の同人誌的なZINEの限界を超えて、新しい市民意識やコミュニティ醸成の起爆剤になる可能性がありますね。

井上 参加というとどうしても参加の場面ばかり思い浮かべてしまうけれど、今日の話は、参加の前提がかなり重要だぞということですよね。参加の条件づくりというか。「デザインの民主化」みたいなことが声高に叫ばれていて、それはどちらかというと、デザインという専門領域をもっと開いていこうという、専門職側の動きだと思うのだけど、専門職の側がどれだけ叫んだところで、市民の側にリテラシーがないとうまくいかないですよね。そのための基盤づくりというか、土壌づくりをしていかないと市民参加はうまく起動しないのではないかと思います。
若杉 そういうことなんでしょうね。色々分かってきましたね。森町などで実験的にやってきた中でわかってきたことは、きちんとまとめていきましょう。そして教育プログラムとしてはどうか、町の仕組みやメディアとしてどうなのかみたいな可能性は問うていきたいですね。その上で、そういうことを地域の中で思考し、単独で頑張っている人達がずっと続けていけるようになるための場づくりみたいなものはもっとやっていきたいと思いますね。
井上 展覧会とマルシェをやってみて改めてわかったのは、リソースは地域にはあるのだけど、それを編集してまとめ上げる力が欠けているということですね。例えば、森町には現場力のある看板屋さんがいたから、図面さえこちらで描けば会場を作ることができた。建物のリフォームをしようと思えば材料を出してくれる人も、施工できる人もいる。だけど、コンセプトをまとめ上げて、それなりのクオリティの空間を作り上げる構想力とか、地域で拾い集めた情報を見やすい形でグラフィカルに可視化するスキルを持った人が少ないというか、機会がないので鍛えられていない。そういう人なり機能なりが地域の中に育ってゆけば、市民の夢や願望を実体化できるし、そこまでいかなくても、それを広く世に問うための発信・表現ができる。
若杉 その通りです。個別に見ると、建築家も看板屋もいるし、デザイナーもいるし、演劇や音楽のような文化的な活動をしている人もいるわけじゃないですか。ただそれが集合体としては動いていないし、やりきる力も鍛えられていないので、実体化する活動にはなりにくいし、人も育たない。地域のことを表現し、実体化するための人を育てる場や集団をどう作るのかというのが、これからやっていかなきゃいけないことですよね。
井上 バラバラに動いていた人達ががっと集まって、それぞれのスキルを持ち寄って、集合的につくりあげる。そういう場や機会をつくれば、今はバラバラに動いている人達がコレクティブに機能し出し、色々なことが地域の中で実現できるようになる。それはまだ見ぬ人やスキルを集める求心力となるし、その中で本領を発揮し出す人も出てくる。今回やった展覧会やマルシェのようなイベントは、そういう求心力を生み出す機会や場として機能するんだと確信しました。
若杉 自分たちで自分たちの暮らしを立てていくことができるようになるといいですよね。もともと地域には、風土や自然の中で暮らしを立てていくために色々な仕事があり、その中でそれぞれがそれぞれに関わってつくりあげる暮らしがあったんです。みんなが参加していたから、わざわざ〈参加〉が取り沙汰される必要もなかった。土着の暮らしには、主体性や共に作る喜び、つまり自律協生という概念の本質がもともとあったのです。
語りとして浮上するのを待つしかない
井上 僕達は、地域に行っては、かつての暮らしを知っている世代の話を聞いて、色々と教えてもらうんですが、土着の暮らしの中で生まれてきた語りやものごとの中には自律協生のヒントがありますよね。それをもっと知りたくて、僕らは地域に赴き、語りに耳を傾け、地域のものごとを拾い集めている気がします。
若杉 井上さんが鹿児島で見つけてきた郷土玩具の「鯛車」を見た時に、「やられた〜!」と思ったんですよね。この愛おしさは、デザインを学んだ人は作れないんですよ。これはノーデザインというか、極めて身体性が高いというか。機能的な市民参加では、プロが編集したある種のプログラムが用意されているけれど、これはプロなんか参加していない。土着で、地べたにくっついてる感じがするんですよね。だから、これには本当に参りました。自分のことを情けなく思いました。ここまで下りていけないですもん、僕は。例えば、僕が天草の伝統の土人形をリデザインしたのがこの下浦土玩具(どろがんぐ)のシリーズです。これも随分と下りていていると思うけれど、鯛車に比べると、全然下りられていない。地域の人と一緒になってやってきたつもりだけれど、やっぱりデザイナーがやったものだってバレますよ。まだ本質的な市民参加になれていない。この鯛車こそが本当の市民参加ですよ。

鹿児島神宮の郷土玩具「鯛車」

熊本県天草市の「下浦土玩具(どろがんぐ)」
井上 こういうある種の生活芸術というか、暮らしと一緒に成り立っていたものは、不揃いが当たり前ですよね。産業化されると精度が求められるから、こういう不揃いなものは存在しにくくなっていくのだけど、でも、それは不揃いを排除する社会です。
若杉 暮らしの中の道具やプロダクト、行政や企業の仕組みは、量産してうまくいくよう高度なものにどんどんなってきたわけじゃないですか。それは暮らしからつくることを失わせ、その結果、何かを作ることを通じて、参加していた一人ひとりの役割も失われて、大きな社会システムの道具になってしまうのだけれども、その大きなシステムが回らなくなってきているというところがポイントですよね。大きなシステムから成る世界を否定するわけではないけれど、それが地域の自治とか暮らしと共存し得るような仕組みづくりが重要だと思います。かつてあった暮らしと今の暮らしの「あわい」に解があるというか。だから僕達は地域に行って、話を聞くんです。かつてあった暮らしは消え失せようとしていますが、地域の人の身体の中にはまだ記憶が残っています。その潜んでいたものは、語りによってあらわになるんです。語りの中に本質が眠っているから、僕たちは語りを聞く。身体の奥深くに眠っているから、リサーチしたり、ポストイットに書いてもらったりでは、出てこないんです。お酒を酌み交わしたり、ご飯を食べたり、くだらない話をしたりしながら、彼らの中に眠っていたものが語りとして浮上するのを待つしかない。だから時間もかかる。でも、こういうプロセスがデザインする上でものすごく重要なんだなと思いますよね。
